2017年2月19日日曜日

佐藤優「使える地政学 日本の大問題を読み解く」

1週あけてしまいました。読書はソレナリに進んではいるのですが、読書後の寝かせ(?)&まとめの期間がなかなかとれず、先週末までに入稿?出来ませんでした…。


佐藤優「使える地政学 日本の大問題を読み解く」
<https://www.amazon.co.jp/dp/4022736658/>
新書: 224ページ
出版社: 朝日新聞出版 (2016/5/13)
言語: 日本語
ISBN-10: 4022736658
ISBN-13: 978-4022736659
発売日: 2016/5/13

[書評] ★★★★☆

高評価をつけたい点も多いが、批判したい点も多く、評価の難しい本。試験解答の採点で言えば、花丸をつけたい箇所が何か所もある一方、でっかくバツ(ヌルめに見てもクエスチョンマーク)をつけたい箇所もある。

近年流行している地政学のイントロで始まり、グローバル化が進展する現代、一歩先行くビジネスパーソンに役立つ実学としての地政学…と締めている。が、この間にサンドイッチされる形で、
  • 沖縄問題(基地問題、歴史:琉球処分以降の日本における沖縄の扱い・位置付け)
  • 反知性主義との戦い
に関する主張が書かれている。この箇所における主義・主張は、地政学そのものの話ではない。沖縄は確かに地政学上、非常に重要な場所ではあるが、ここでの著者の主張は多分に感情的であり(著者の母親の出身地が沖縄県久米島ということもあるだろう)、論理は多少強引だ。著者の主張に都合の良い事実「だけ」を拾って議論している点は、著者が戦っている相手、「反知性主義」的な姿勢そのものではないだろうか(スコットランドの英国からの分離・独立運動、高度な自治を求める運動の話題も援用し、沖縄もかくあるべしと言っているように見える;勿論、主張内容は充分理解出来るのだが、議論が強引であり、筋が通っていないか所が多い)。反知性主義との戦いについて:安倍政権も国民も自身に都合の良い情報のみを見て、都合の悪いことから目を逸らしているという意味で、確かに反知性的姿勢ではあるのだが、この問題は地政学とは殆ど関係が無いだろう。

また、以下も問題があるのではないか。
  • 中国非脅威論(近々新疆ウイグル自治区でイスラム勢力=第2のISIL?=が動きだすので、海洋進出はいずれ止まる?):今後、実際に情勢がこのように進む可能性はある。が、新疆ウイグル自治区の動きが押さえつけられている限り、中国の海洋進出(フィリピン・ベトナム近海や尖閣諸島を始めとする海域の実効支配)は止まらない。この可能性が捨てられない限り、警戒は怠るべきではないだろう(変な安心感は持つべきではない)
  • 沖縄の基地問題、ひいては分離・独立運動を煽るような記述が多々見られる(少なくとも、沖縄独自のナショナリズムを煽る内容が多い)。また、中国が実行支配を始めている西沙諸島(パラセル諸島)、南沙諸島(スプラトリー諸島)に中国語の名称のみを使っているのも少し気になる(色々と勘繰りたくなる)
上記4点のうち、後者2点は地政学だ。だが、前2者は本来「地政学」とは直接関係ない。

…と文句を並べてしまったが、他は賛同できる点や、新しい視点を与えてくれる点が多いという意味で評価できる。私が良いと思ったのは以下の点:
  1. どんなに交通手段が発展しようとも、ヒト・モノの移動には限界があり、地理的な制約を受ける。が、インターネットの発展によって、情報とカネは一瞬にして世界中を巡らせるようになった。これが世界のパワーバランスを大きく変え、地政学の考え方も大きく変容する必要に迫られている。
    • SF作品などでは、電子化・ネット化の進行により、民族や国家というものが意味を失う(少なくとも意味が変わる)と言うものが数多く見られる。民族はともかく、国家の存在意義については、確かに変容を迫られていると言えるだろう。これに対し、本書の論旨の通り、グローバル化や電子化・ネット化の進行により、民族意識・ナショナリズムは薄れるどころかむしろ加速化されている(ネット上に過激な発言…筆者が言うところの反知性主義的な言動が多い…が増えているのは確かだろう)
  2. 資本主義の黎明期から富の偏在があり、「持つ者はより多く持ち、持たざる者はその後も持てない」状態が続いてきたが(この辺りはトマ・ピケティ『21世紀の資本』等が詳しい)インターネットの出現は国家や国境の意味を希薄化させ、富の再配分を阻害し、その偏在を加速している。
  3. インターネットの発展によって人々は色々な情報を共有できるようになったが、特にソーシャルメディアが共有を加速しているのは冷静で論理的な議論ではなく、一時の感情・感覚だ。これは、反知性主義的な言動と相性が良すぎる。我々は、感情操作や煽動に踊らされることなく、事実確認を行ない(少なくとも複数のソースからの情報を突き合わせて確認する)、冷静な判断に基づいた議論をしないと、日本(に限らず諸外国もそうだが)の存立は危うい。
  4. 国家はともかく、個人としては、ネット社会で生き残るためには、言語の壁を超える必要がある。すなわち、少なくとも英語の読み書き位は出来るようになろうね、ということ(出来れば他の言語も幾つか使えた方が生存上有利になる)
まとめると、読者に一定レベルの批判的精神を要求する本ではあるが、ネット時代の世界の動向を知りたい多くの人にオススメできる本

・  ・  ・  ・  ・

以下余談:
  • 英国のEU離脱(いわゆるBrexit/ブリグジット)を読み切れなかったのは非常に惜しい(p. 85に英国は“EU「半加盟」くらいがちょうどいい”とは書いているが)。本書発行が2016年5月で、Brexitに関する英国の国民投票(2016年6月)より微妙に早く、タイミングが合わなかったので仕方無いとも言えるが、以下の流れを鑑みると、(後知恵にはなるが)知識・判断力とも優れた政治家の優れた判断力ではなく国民感情として、早晩英国がEUを離脱するのは既定路線だったと見ることが出来たのではないか。
    1. 冷戦まっただ中の1975年から数度にわたり、英国内にEEC (欧州経済共同体)/EC (欧州共同体)/EU (欧州連合)から離脱しようとする動きがあったこと
    2. イギリス独立党(UKIP)の躍進
      • 冷戦終結とほぼ同時、1990年に設立
      • EUをガタガタにしたとされる2008年の金融危機より前、2004年に議席数を大幅に増やす
      • 2014年に第1党になった
    3. キャメロン英首相はEU離脱を否定していたが、国民の声(UKIPの議員数増加)に押される形で2016年2月に国民投票の実施を発表(2016年6月に実施)
  • 本書まえがきにある通り、近年、「地政学」がブームになっている(経済ニュースでもよく聞かれる言葉になった;が、実は何十年も前から「国際関係論」等の名称で扱われてきた実学である)。本書は、この「地政学」をキーワードに、著者の主張(上記の通り、反知性主義との戦いと沖縄の諸問題に関するもの)を書いた本とも言える。まあ、本のタイトルを「反知性主義との戦い」や「沖縄のは日本ではない」、「沖縄の基地問題はどうするべきか」などとするよりも、タイトルに「地政学」のキーワードを入れた方が本は売れるだろうから、商業上仕方ないと言えばそれまでなのだが…。

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