2017年5月14日日曜日

ネッサ・キャリー「エピジェネティクス革命 ――世代を超える遺伝子の記憶」


ネッサ・キャリー(著), 中山潤一(訳)「エピジェネティクス革命 ――世代を超える遺伝子の記憶」
<https://www.amazon.co.jp/dp/4621089560/>
単行本(ソフトカバー): 428ページ
出版社: 丸善出版 (2015/7/27)
言語: 日本語
ISBN-10: 4621089560
ISBN-13: 978-4621089569
発売日: 2015/7/27

[書評] ★★★★★

DNAの二重らせん構造の発見(1953年)からちょうど50年後の2003年、ヒトゲノム(Wikipedia)の解析が完了した(ヒトゲノム計画、Wikipedia)。ヒトを始めとする生物の設計図たるゲノム(DNA)が解読されることで、生命の秘密は解き明かされ、そして健康や病気の問題は近々容易に解決されると期待された。…が、現実はもっと複雑だった。

受精卵~細胞分裂数が少ない段階の胚細胞は、どのような組織にでもなり得る「万能細胞」であるが(人工的に作られたES細胞やiPS細胞もこの仲間)、一度分化した細胞やその子孫細胞は、(滅多なことが起こらな限り)まず元には戻らない。これが、「私たちの頭のてっぺんから腎臓が成長することはないし、目玉の中から歯が生えてくることはない(p. 2)理由だ。このような細胞分化から病気の発症・老化、そして再生医療の鍵となる「エピジェネティクス」(Wikipedia)のホットな話題が、本書のテーマだ。エピジェネティクスとは、乱暴に簡略化して言えば、「ゲノム(DNA)自体には変化を与えないまま、その遺伝子発現のオン・オフを制御する仕組みと、その学問領域」のこと。エピジェネティックな現象は、具体的には、DNAの特定の部位にメチル基やタンパク質が結びつくこと(修飾)で、当該部位の遺伝子発現が制御されることによって起こる。

著者のネッサ・キャリー(Nessa Carey、英語版Wikipedia)はウイルスと遺伝の専門家で、現在、研究成果の特許化・産業化に関わる英国組織の役員であると同時に、インペリアル・カレッジ・ロンドンの客員教授も務める、バリバリで現役の研究者。

さて、本書。めちゃくちゃ面白い! (本題に関係ないが、実店舗で序文・目次・あとがき等をざっと見てから購入した本は、オンライン購入よりも“当たり”が多いと思う。)

胎児の頃の栄養状態や、幼少時の精神的経験(トラウマなど)が、その後の人生に大きく影響することは以前から知られていたが、これに「エピジェネティクス」が関わっていることが示されている。またそれだけでなく、一部の経験(食生活や環境汚染の影響も含む)については、本人だけでなく子や孫にまで継代遺伝し得る(DNAによる遺伝ではなくDNAへの修飾による)例が示されている。本書は、我々は自身のDNAを書き換えることは出来ないが、子々孫々の健康に関わる問題として、自身の食生活や酒、薬、環境汚染物質などについて大きな責任を負っているという、重大な問題を突きつける。だがその一方で、希望も与えてくれる。それは、遺伝的決定論の否定だ。「氏よりも育ち」ではないが、氏(遺伝的形質)と育ち(環境や経験)の両方が重要であり、たとえば健康に良いとされること(例えば「食べ過ぎないこと」など)は、我々自身の健康だけでなく、継代遺伝により子や孫の健康にも寄与し得るということだ。

母系遺伝・父系遺伝の神秘や、がんとの戦い、老化とは何か、精神疾患、などなど多くの現象について、このエピジェネティクスがどう関わっているのか、興味深い話が多い。また、第2章には、山中伸弥教授のiPS細胞が生命科学に与えたインパクトについて、(山中教授ご本人による一般向け著作よりも詳しく/笑)書かれているので、ココだけでも読む価値はあると思う。

◆関連図書

◆余談:特許について少々…

第2章は、山中伸弥教授&高橋博士によるiPS細胞の研究とほぼ同時期にほぼ同じ内容の研究が、ボストン・ホワイトヘッド研究所のルドルフ・イェニッシュ教授らによっても行われていたことも示している。ここには、論文発表と特許出願の熾烈な競争の様子が生々しく描かれている(第三者の眼を通した描写であり、かつ、日本人よりも著者と同じアングロ=サクソン系のイェニッシュ教授の肩を持つような表現も見られるが…)。ノーベル生理学・医学賞は山中教授(とジョン・ガードン:後述)が受賞したが、同技術に関する特許出願~登録はイェニッシュが先という奇妙な現象についても言及されている(イェニッシュは、山中の発表を何かの間違いではないかと確かめたくて追試をし、山中が正しかったことを国際的な研究会の場で認めたとのこと。著者はこのイェニッシュの姿勢を「偉大だった」と書いているが、それではイェニッシュが山中より先に同じ技術に関する特許出願を行っていたことは説明できない)。生命科学や再生医療に関わるホットな領域であることから、互いに競争相手である両者が同じような研究を行っていた可能性は充分に有り得る。が、この発表&出願の順位の逆転において、科学論文につきものの査読というシステムの悪戯もあったのではないか(論文誌の編集委員や査読者は、競争相手の未発表論文を、「査読」という形で世間より数か月早く読むことが出来る…場合もある)、と考えてしまうのは、邪推が過ぎるだろうか
  • ジョン・ガードン(Wikipedia)…カエルの体細胞核移植によるクローン技術の開発に成功。のちのES細胞やiPS細胞の開発に結びつくことになった。山中教授と共に2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞。

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