エマニュエル・トッド(著), 堀 茂樹(翻訳)「『ドイツ帝国』が世界を破滅させる 日本人への警告」(文春新書、2015/5/20)
<http://www.amazon.co.jp/dp/4166610244/>
新書: 232ページ
出版社: 文藝春秋 (2015/5/20)
言語: 日本語
ISBN-10: 4166610244
ISBN-13: 978-4166610242
発売日: 2015/5/20
[書評]
★★★★☆
表紙を開くと、“「ドイツ帝国」の勢力図”なる地図が現れてギョッとする。ドイツ周辺の数ヵ国が「ドイツ圏」、フランスは「自主的隷属」、その他の国のうち多くが「事実上の被支配」、…。
本書では、ドイツが冷戦終結、通貨統一(ユーロ)、米国のプレゼンスの低下を機に、欧州の政治と経済を支配し始めていると警鐘を鳴らす本。エマニュエル・トッド氏は本書で自国(フランス)はどうすべきかを説いているのだが、国際情勢を知る情報として、また日本の採るべき立場を考える上で、参考になる本だと思う(日本が危惧すべきはドイツと中国の接近であろう)。
①ドイツの科学技術力、②ロシアの国力、③中国の経済力と軍事力、を多少甘く見ている節があることや
(※1)、「
大不況の経済的ストレスに直面したとき、リベラルな民主主義の国であるアメリカはルーズベルトを登場させた。ところが、権威主義的で不平等な文化の国であるドイツはヒトラーを生み出したのだ。」(p. 63)といった、必要以上に恐怖感を煽るような表現が多いのはチョットいただけない。また、多少フランス視点に偏っている傾向も見られるが(これは仕方がない)、概ね世界情勢分析は鋭いと言って良いだろう。
※1: 本書の内容ではないが、世界を不安定にする3つの国はロシアと中国とドイツだという分析もある。トッド氏はこれらの国が嫌いな為過小評価してしまっているという読み方も出来る。
また、本書に「
果たしてワシントンの連中は憶えているだろうか。1930年代のドイツが長い間、中国との同盟か日本との同盟化で迷い、ヒトラーは蒋介石に軍備を与えて彼の軍隊を育成し始めたことがあったということを。」(p. 37)とある。日本人の多くはそうは思っていないのかも知れないが、
ドイツ国民には反日感情を持つ人も多いことも忘れてはいけない。
有色人種に対する差別意識、第1次大戦(1914-1918)で租借地の青島と植民地の南洋諸島を攻略したことに対する恨み、高度経済成長によりGDPがドイツより日本の方が大きくなったことへの反感、…等々の色々な感情があるのかも知れない。
本書内、賛成できない意見、過激にすぎるな表現、評価分析が甘いのでは?と思える箇所、等が数ヵ所あったが、最近読んだこのテの本の中では断トツに面白かった。
読んで損は無い。
・ ・ ・ ・ ・
以下余談:ドイツがどのように欧州の政治・経済を支配するようになったのか。本書の内容から、この流れを簡単にまとめてみたい。
- ・冷戦終結(1989)
- 旧東ドイツ・旧東欧諸国の人々を、教育水準が高くかつ低賃金の労働力として上手に使い、自国の産業競争力を向上させた。
- NATO、特に米国のお陰で軍事負担はほぼゼロである。(※2)
- 欧州統合(1967:EC, 1993:EU)、通貨統一(1998)
- ユーロ導入に対しドイツは当初は慎重だったが、ユーロに加盟した直後に自国内の給与水準を下げ、ユーロ圏内での圧倒的な貿易競争力を手にした。
- ユーロ加盟各国は自国で通貨を発行できない(各国は通貨レート・物価水準を操作出来ない)。一国一通貨なら為替レートが変動するのだが(独マルク時代はマルク高になり輸出競争力が落ちる)、南欧・東欧の諸国が足を引っ張ってくれるお陰(?)でユーロ高にはならない。以後、ユーロ圏内では圧倒的な貿易黒字を出し続け、欧州を実質的に経済支配している。
- ECB(欧州中央銀行)はフランクフルトにあり、ドイツはここからユーロ圏内の全ての国の銀行とカネの動きを監視することが出来る。
- 現在では政治と経済は一体化しているので、ドイツはユーロ圏の経済と同時に政治も実効支配し始めている。それも、不平等な支配形態である(本書ではそう書いていないが「植民地」に近い支配形態)。この不平等を、本書ではたとえば「ギリシャ人やその他の国民は、ドイツ連邦議会の選挙では投票できない。」(p. 67)といった風に表わしている。
- 欧州における米国のプレゼンスの低下(2010頃~)
- 米国は第2次大戦の敗戦国の日独2国を長らくコントロールしていたが、近年はドイツのコントロールが出来なくなっているが、米国はこれを隠蔽するためにドイツに追従した動きをすることが多くなってきた。
- ドイツとロシアは実質的に紛争状態。ウクライナ西部(親欧州側)の極右組織とドイツとはつながっている。
冷戦終結から後、時流に乗りor機を見て、
ドイツはしたたかに国力と競争力を高めてきたことがよく分かる。また、文化も言語もメンタリティも違う国々(EU諸国)で通貨統合・経済統合をすること自体に無理があることもよく分かる。政治・経済とも日本と関わりの深い地域で起こっていることを知るうえで、貴重な情報と意見が読める本だ。
オススメ。
※2: これについて本書の内容だけでは少し説明不足なので付記しておく。
- 第2次大戦後ドイツは武装解除されていたが、東西冷戦の激化を受けてドイツ連邦軍を組織(1950~準備、1955組織)、NATO加盟(1955)。
- 自国軍は持ったが「ドイツ連邦軍は自国領域およびNATO同盟国領域を防衛する目的で使われる。ただしNATO領域外へのその派遣は禁じられている」というのが長年のドイツ国内でのコンセンサスだった(「出せない」憲法解釈+「出さない」政治方針を堅持)。
- 湾岸戦争(1991)の時にはドイツ連邦軍は出さず(軍事財政の負担のみ)。NATO加盟諸国から、「小切手は切るが兵士は出さず、血を流さないのか」との批判が浴びせられる。
- この国際的批判に懲り、ボスニア危機(1994,1995)からは、NATO領域外にもドイツ連邦軍を派遣を出来るように憲法解釈と政治方針を変更。
つまり「EU内の他国並みの軍事負担(少なくとも費用負担)はしている」と言った方が正しいかも知れない。