2016年11月27日日曜日

丸山 正明(著), 三島 良直(監修)「プロジェクトマネージャー養成講座 東工大COE教育改革 PM編」


丸山 正明(著), 三島 良直(監修)「プロジェクトマネージャー養成講座 東工大COE教育改革 PM編」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4822232042/>
単行本: 253ページ
出版社: 日経BP社 (2005/9/3)
言語: 日本語
ISBN-10: 4822232042
ISBN-13: 978-4822232047
発売日: 2005/9/3

[書評] ★★★★★

10年少し前の本。東京工業大学の博士課程で、経理や財務といった経営的視点も持った技術者を育てるコース「東工大COE改革」が始まったが、その取り組みのうち「プロジェクトマネージャー養成コース」の内容を紹介する書籍。COE拠点のリーダーは、LCD (液晶ディスプレイ)等に使われている透明導電膜の「IGZO」を基礎研究のレベルから商用化まで牽引した、東京工業大学の細野秀雄教授(IGZO以外にも色々な研究成果があるが、本論から外れるのでココでは割愛させて頂く)
  • COEとはCenter Of Excellence Programの略で、2001年の文科省「大学の構造改革の方針」に基づいて2002年に「21世紀COEプログラム」という研究拠点形成等補助金事業が開始された。これは、ひと言でいえば、大学発のベンチャー企業など、一定の段階に達した研究成果を積極的に市場に出す仕組みのこと。欧米の大学から新製品・新技術がどんどん市場に出るようになっているのに対抗して、日本でも同様の流れを作ろうという動き。短期的に成果を出せる研究分野に国庫(要するに税金)がどんどん注ぎ込まれる仕組みであり、長期にわたる研究には予算が振り分けられないという問題点もある。長期的な研究にも一定の予算を割くべきと私は考える。
今となっては入手困難な本だが(日経BP書店では「完売」、Amazon等で中古本が少量出回っている程度)、技術マネジメントについておさらいしたい人には今でも有効・非常にオススメだと思う。技術者だけでなく、人事部教育担当にも有用な本だろう(社員研修のメニュー策定の参考になると思う)。財務諸表等も含めて事業計画を作り、事業をインキュベートし、プロジェクトが軌道に乗るまで強力に牽引することの出来るR&Dエンジニア…何だかステキではありませんか?
  • 内容的には、どうしても発行当時('00年代半ば)の流行に乗った「研究開発リーダー育成」本ではある。が、この考え方自体は、今でも有効だろう。
  • 日経BP社さんって滅多に増刷しないんですよね。年月を超えて役立つ書籍は、ダイヤモンド社さん・翔泳社さん・英治出版さんのように長期にわたり増刷し続けて欲しいものです。
  • 入手困難品ですが、私の個人所有品は書込み&付箋紙ベタベタでかなりお見苦しいので、古本か図書館でアクセスして下さい(笑)。
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以下、興味ある人向け(お急ぎの方は読み飛ばして下さい/笑)

研究開発のマネジメント(技術マネジメント)の手法としては、これまでにも色々な物が提唱されてきた。栄枯盛衰というか、諸行無常というか、…実は10年以上有効であり続けている手法は殆ど無いというのが私の実感。だが、本書の骨子部分は今でも有効だと思う(基本に立ち返る必要を感じ、10年振りに再読)。プロジェクトマネジメントというキーワードで書籍を探すと、ITベンダー系の物ばかりが目立つが、私が求めていた技術マネジメントの処方箋は、機械系・電子系・化学系といった幅広い製造業に通用する方法論だ。

本書が書かれた頃の時代背景について述べておく:
  • 昭和末期(1980年代)、世の中の消費傾向が、画一的な商品の大量生産・大量消費から、製品のカスタム化と少量多品種生産にシフトし始めており、ボリューム効果による利益は得にくい時代になり始めていた。工業製品は部品規格の統一が進むと同時に、顧客のニーズに合わせた(特に軽・薄・短・小・高性能の路線での)「オーダーメイド製品」が増え始めていた。製品開発については顧客密着型&提案型の外は、特に良いとされる手法があまり確立されていなかった(自動車・建設等一部業界は例外)
  • 20年位前(1990年代半ば)は、MBA (Master of Business Administration; 経営学修士)花盛りの時代で、企業をやめてビジネススクールに飛び込み、ベンチャー企業を立ち上げる人が多くいたし、MBAを取得した学生を経営幹部として採用する企業も多かった。そういう野心的な社員を引き留めて「社内起業」の形で新たなビジネスを試す企業も多かったように思う。
  • 10年位前(2000年代半ば)は、特に製造業においてMOT (Management of Technology; 技術経営)が大流行した。この頃は、会社を辞めずに、夕方や週末に大学院に通って学位を取るようなビジネスマンが増えたと思う。ちょうどこの頃、大学の独立行政法人化(文科省主導の大学改革)が進められ、研究のアウトプットとは何かの議論が多くなった頃でもある。大学側でも従来の枠に収まった研究一筋ではいけないと、学部・学科の境界を超えた研究(学際研究)、事業化さえ怪しい産学共同プロジェクトが乱立した、そういう時期でもある(笑)。
  • 近年は、「ズバリこれ!」な技術マネジメントの新しい手法は…無さそう。MOTやPMの考え方が浸透してきている段階か?
で、本書に書かれた通り、東京工業大学は10年少し前(MOT流行時&国立大独法化の時期)に、「21世紀型COE教育改革」(COE=Center Of Excellence)に取り組んだ。これは、MOTとは少し違うアプローチで、現在起きている現象を分析する「リアルビジネス」を重視する、PM (プロジェクト・マネジャー)養成コースである。本書に書かれている内容は東京工業大学での取り組みに関する骨子だが、極端な話、博士号取得者が非製造業で活躍しても良いという、「工業大学」らしくない(笑)とも言える懐の深さが良い。
  • 企業側から、入社後即戦力になるリーダーを育てて欲しいというニーズもあったことも、この教育改革の背景にあるだろう。
  • 大学の独法化により、研究者魂を惹きつけるがどのように世の中の役に立つかどうかイマイチよく分からないテーマは続行が難しくなっているとも言われている。が、そのような分野にも一定以上の、金と人を割り振って研究をするべきだと思う。
    • 特に2000年代以後、日本の大学の基礎研究に割り当てる資金については非常に厳しい状態となっており(本書にも競争によってJSTやNEDO等から資金を得られない研究員は食っていけなくなる生々しい事情が語られている)、テーマもカナリ近視眼的になっているようだ。
    • この辺りの事情は、外国(特に米国)で大学発のビジネス・インキュベーションが巧く働いていることの影響と、「2番ではいけないのですか?」の発言に代表されるように、研究資金の財源を握る人たちが基礎研究の重要性を理解してくれなくなったことの表れだろう。今のままでは早晩(5~10年以内、概ね2020年頃~)には、基礎研究分野に関して言えば、日本人研究者はノーベル賞・フィールズ賞といった国際的な学術賞を殆ど受賞できなくなるだろう。
    • 近年、毎年のように日本人がノーベル科学省/医学・生理学賞を受賞しているが、彼ら多くの日本人受賞の研究はバブル時代、潤沢に資金を使えた1990年頃までであり、当時まだ「よくわからないものの研究」にも日本が多額の資金と優秀な人材を投下してきた結果だと思う。2000年位からそのような、一見無駄にも思える研究への資金投下は激減したのは上述の通り(iPS細胞の山中伸弥先生と、青色LEDの中村修二先生のお二方はチョット事情が特殊かも知れないが)。
ちょうどこの本が売られていた頃(2005年発行)、私も「研究開発リーダーを育てる」と銘打った企業内研修を受講しており(受講資格がある物は積極的に受講していた)、財務諸表の読み方・書き方や他社ベンチマーク、新規事業・新商品提案、ケーススタディ研究等、一通りは勉強した。今回はその復習といったトコロ。
  • 本書を買った当時、斜め読みして当たり前のことが多いな~と思ったことは記憶しているが、当たり前のことをキチンとやるのがビジネスの基本ではある。本書はその基本を思い出させてくれる良い本となった。
  • 本PMコースの参考書リスト(p. 83)は今でも十分使える本が多いと思う。
  • 第4章の、企業トップや出資者に「聴いてもらえるプレゼン技術」は、他のプロマネ指南書には少ないかも知れない(他の本で「エレベーター・プレゼンテーション」を推奨する記述を見たことはあるが)。
    • 参考:エレベーター・プレゼンテーション…会社のエレベータにたまたま乗り合わせた自社役員などに向かって、自分の企画を15~30秒でプレゼンする…という所から言われる名称で、事業/商品企画のエッセンスだけを非常に短い時間内に伝える技術のこと。非常に難しく、かなりの練習が必要。
  • 本書の内容に、プロジェクト管理技術も加えると、鬼に金棒なのではないだろうか(プロジェクトの種類によって適切な管理手法・体系が違うので、適宜学ばなければならないが)。当然のことながら、本書だけを読めばスーパーな技術者になる訳でもない。さらに勉強すべきことが色々出てくるが、本書を入口にするのは有効だと思う。

2016年11月20日日曜日

ジョージ・フリードマン「続・100年予測」


ジョージ・フリードマン(著),櫻井祐子(翻訳)「続・100年予測」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4150504164/>
文庫: 368ページ
出版社: 早川書房 (2014/9/25)
言語: 日本語
ISBN-10: 4150504164
ISBN-13: 978-4150504168
発売日: 2014/9/25

[書評] ★★★★☆

本書は、以下の単行本が改題・文庫化されたもの。
  • ジョージ・フリードマン(著),櫻井祐子(翻訳)「激動予測: 「影のCIA」が明かす近未来パワーバランス」(早川書房、2011/6/23) <http://www.amazon.co.jp/dp/415209219X/>
    • こういう改題はやめてほしい…単行本と文庫本の両方とも買ってしまいそうになるから(笑)。
    • 原書(2011)のタイトルは「The Next Decade」、直訳すると「次の10年」。特に文庫版のこの邦題は内容に即していない
    • 著者とその所属組織(ストラトフォー)、及びそれらの背景については、前著レビューで軽く触れた。必要な方はこちら(リンク)を参照されたい。
邦題に関する文句はともかく。本書の内容について。原題の通り、米国、特に米国大統領が(2011年から見て) 10年以内に立ち向かわなければならない課題と、地政学的見地から見た、米国の取るべき道を示した本。

本書巻末の解説(東大准教授・池内恵氏)の題名は「『帝王』への忠言にして、帝国の統治構造の暴露の書」。解説本文にも「時限爆弾のような本である。(…中略…)不穏で危険な書物である。(…中略…)超大国アメリカの非情な政策変更を、歯に衣着せず提言する。」(太字は引用者による)とあるが、まさにその通りの内容。このような本を一般向けに発行する(当然他国の要人にも情報は入る)ことの危険性を、著者はどう考えているのだろうか? (あるいは他国に対する心理誘導なのか?…というのは穿(うが)った観方かも知れないが、もし誘導なのだとしても、少しだけ乗ってみる価値はありそうだ。)

巻頭は、米国の建国当時から続いている理想と現実とのいずれに寄っても駄目だと指摘(ブッシュ・ジュニアは現実対応、オバマは理想主義に、それぞれ寄り過ぎていたと批判)。…と、最初は格好良いことを書いているのだが、その後には他国指導者層が読んだら真っ青になりそうな内容が連続する。前著『100年予測』(原書:2009、訳書:単行本2009・文庫2014)(Amazon拙書評)が100年単位で物を語っていたのと比べ、近い未来(というか「今まさに起きていること、起こりつつあること」)を書いているのが特徴的。

前著同様、米国という国家の行動原理を明らかにしており、米国を理解する参考になる。また、世界各地の政治・経済情勢に関する分析は一流と言って良いだろう。だが、日本人として重要なのは、以下の提言だ。
  • 日本を政治的にも経済的にも調子に乗せてはいけない
  • このため、日本の景気低迷が長引かせる政策を取る
  • 日本を牽制するため、中国・韓国を積極的に利用する
  • 但し、日本は追い込まれると1930年代のように強硬策に出る恐れがあるので、あまり追い込まないように注意する
日本人が幻想を抱いているほど米国は日本を信用していないし、米国は自国の覇権を維持するためであれば、日本を弱体化させる可能性がある。戦後、冷戦構造を背景に日米同盟は長く続いたが、米国にとってこの同盟は便宜的なものにすぎず、必要とあらば斬って捨てる準備もある。

日本にとって不吉なことに、先の米大統領選で勝利したドナルド・トランプ氏の政治方針が、本書(あるいは著者の組織「ストラトフォー」の提言)のうち自身の方針と合っている部分について、大いに参考にしているように思えることだ(米国外の軍事基地の縮小ないし費用の現地負担への動き、メキシコ人不法移民問題への対策など)。ということはつまり、日本は米国から本書に書かれたような形で、大きな圧力(政治でも経済でも)をかけられることに備えるべきだということだ。

不安定な国際情勢が続く現在、最も影響力のある国・アメリカ合衆国が世界をどう見ているか、どう行動する可能性があるか、日本はどのような備えをしておくべきか。この辺りを考える上で、非常に参考になる本である。また、東アジア(日本周辺)以外の地域についての分析も鋭い。世界の政治・経済の動向に興味のある人(影響を受ける人)には勿論のこと、多くの人に薦められる本だ。

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少し詳しく書いてみる(長文注意/笑)。

◆米国の取るべき基本姿勢(著者の提言)

これは前著から一貫している。
  • 米国は、自国を脅かす勢力が出現しないように、世界中に目を光らせる。脅威となりそうな国家間の連携が生まれそうになった場合は、その可能性の芽を摘む。
  • ただし米国は、自らの周辺を除く諸地域の紛争に、直接介入するべきではない(ブッシュ・ジュニアはアフガニスタンとイラクにおける戦争でこの禁を破った)
  • これらを実現するため、諸地域で国家間に緊張関係を生み、地域に勢力均衡をもたらす。この為に取れる手段であれば、何でも実行する。
    • 勢力均衡とは簡単に言えば、気に入らない奴同士が喧嘩するように両者を誘導し、どちらも弱体化させ、自分以外に強い奴がいないような状態にするということ。この二者のパワーバランスが悪い場合は、弱い方に肩入れし、喧嘩を長引かせることもある。
    • 勢力均衡により、自らは殆ど手を汚さずに旨い所だけ持って行くというのは、西欧人(特にアングロサクソン人)の御家芸。過去にも、ネイティブ・アメリカン同士に部族争いをさせて民族数を激減させてアメリカを占領したとか、インドの宗教対立・民族対立を活性化させ現地勢力を弱体化させて植民地化したとか、例をあげればキリが無い。
◆日本人として気になる部分(第10章)

本書は14章立てだが、日本人として最も気になる所は、第10章「西太平洋地域に向き合う」だ。
  • 東アジア・東南アジア・豪州を合わせて「西太平洋地域」と表現している辺りに、米国人ならではの視点を感じる。
日本に関する分析を見ると、(前著でもそうであったが)筆者は決して親日派ではないし、知日派でもない(下記「苦言/苦情」も参照)。高度経済成長時代の日本は、企業が本質的に収益性の高い事業に取り組んでいたのではなく、米欧に比べて圧倒的に低い金利で融資を受けていたことが日本企業が当時有利に戦えたという(実質的に富が増えたのではないとの分析)。当時の日本の経済成長はいわゆる「人口ボーナス」によるものが大であり、これを考慮すると、あながち間違っているとも言い切れないだろう。

現在の日本の危機(米国が問題視するもの)については、以下の2点に集約されるという分析だ。
  • 人口動態:少子高齢化により経済が退職者を支えられなくなっていること
    • 昭和後期の日本の躍進は、人口増と経済成長が両輪となっていた。いわゆるバブル崩壊により経済が失速した途端、出生率が下がり、労働年齢の人口が減少し始め、経済成長がより困難になるという悪循環に陥っている。長寿化(退職後の人生が長くなった)により、国家経済の歪みに拍車をかけている。
    • 他の論者も言っているが、国家全体としての経済成長ではなく、国民1人当たりの経済成長を目指すシステム作りが急務だろう。長寿化に合わせた労働環境づくりと(平均寿命が60歳前後とする前提に立つ現制度を改める)、年金制度・保険制度の立て直しが急務。また、単なる長寿化ではなく健康寿命を延ばす努力も必要。
  • 産業に必要なすべての天然資源を諸外国とシーレーンに依存していること
    • 実質的に米国が実現させている各地域(特にホルムズ海峡とマラッカ海峡)の平和状態が崩れた瞬間、日本の産業・経済は崖っぷちに立たされる。
    • この米国への依存度を下げることが日本の急務だが、自前の軍備増強などは各国の反発を招くので、米国以外の強力な国家とも協商する必要があろう。ロシアをはじめとする諸国に対する安倍政権の接近は、現状を打開する為の動きのひとつなのだろう(米国からの圧力を考えると危ない賭けとも言えるが)。
その上で、日本は、万が一にでも国際貿易が困難な状況に陥ると、太平洋戦争前夜のように、諸外国に対して強硬姿勢を取らざるを得なくなると著者は見ている。

米国(少なくとも著者)は、中国よりも日本を危険視している。太平洋戦争終結後、GHQが日本国民の思想誘導を行なったが、これはもはや有効ではなく(戦争の記憶と同様、戦後教育の効果も世代交代とともに薄れている)、日本は必要に応じて経済統制を敷いて国防に邁進する可能性があると見ている。また、社会不安を起こさずに貧窮にも耐えうる国民性だとも分析している。が、日本を危険視する一方、米国はロシアと中東への対応に追われ、西太平洋エリアに割くリソースを持たないので、日本が西太平洋地域の覇権国家とならないよう、利用出来る物は何でも利用すべきと提言する。特に狡猾(エゲツナイ)と思える提言をまとめておく:
  1. 中国に力を付けさせ、日中間の勢力均衡を保つこと。
  2. 日本の経済復興を阻害し、対外政策を遅らせること。
  3. 日中間のパワーバランスが崩れそうな時は(中国は弱体化が進むと見ている)、キープレイヤーとして韓国(南北統一の可能性あり)を活用する。特に、韓国の高い技術を中国に移転し、中国の国力を増すこと。
  4. 西太平洋地域での戦争(特に米日戦争)に備える。このため、米国は韓国・オーストラリア・シンガポールとの同盟関係を深め、これらの国の海軍力増強を支援すること。
あまり信じたくない話だが、米国(少なくとも著者)は日本を全く信用していない。また、米国が本当に上述のように行動する可能性もある。この点については、日本人も米国/米国人をうかつに信用せず、米国は非情な国だと認識すべきかも知れない。

その一方で、興味深かったのは、中国に関する分析とその深さである。嘘吐きで有名な(?)中国当局の統計データでも、国民の95%以上がサハラ以南のアフリカと変わらぬ最貧困層とのこと。中国の中央政府は早晩、一部の富裕層と大多数の最貧困層を秤にかける「綱渡り」をしないといけなくなり、もし富の再分配に失敗すれば、国は分裂する。中央政府は弱体化するか、独裁を強めるかの二者択一を迫られる。毛沢東が中国を統一した際に用いた手段は、①農民軍を指揮して西洋人を追放する、②鎖国を敷いて国民の生活水準を押し下げる、これによって国内の安定と結束を実現したが、現代中国も数年のうちに同じような手段に訴えないと国家が空中分解する可能性が高い、…といった分析だ。日本人による分析でも同様の結論が見られるが、その多くが現象論に留まっているのに対し、本書は経済分析と地政学分析による後ろ盾がある分、予測の信頼度/信用度は高いと思われる。

◆日本人としての苦言/苦情

この第10章にて「日本が中国全土を占領していた」と、事実とは異なる記述が見られる(さらに所々で年号も間違っていたりする←訳注等による訂正も欲しかった)。米国の国策に関わる機関の人間、すなわち米国内はもとより国際的にも大きな影響力を持つ立場の人が、誤った認識を事実のように記述するのは、当事国として迷惑なことこの上ない多くの米欧人読者は事実確認も行わずに、これを「事実」と思い込まされてしまっているのだろう。

◆その他の地域に関する鋭い分析

前著から2年後に書かれたことと、内容がより近未来のこととなったためか、分析がより実態に近くなった。分析が鋭いと思われる点は、たとえば以下の点:
  • 2008年の経済危機以降の全世界的な傾向として、経済ナショナリズムが高まると分析している。最近の動きを見ても、TPP (環太平洋経済連携協定)による自由貿易の推進を言い出した筈の米国が保護経済への動きを見せていたり、他にも似た動きをしている国が増えて来ている。
  • ロシア→帝政ロシア、イラン→ペルシャ帝国、という旧帝国復興の動きがあること、及びEU (欧州連合)が不安定化していることを確実に捉えている。
  • レバノン、ヨルダン、パレスチナとイスラエルといった第1次世界大戦以後に(英仏の思惑によって出現した)国家群の略歴とその出自については、(勿論米国人の視点というメガネを通してなのだが)他の多くのテキストより明快に書かれている。その一方で、現在の中東の混乱のそもそもの原因を、サイクス・ピコ協定と、当時の英仏の二枚舌外交(部族同士を争わせた末、一部の王家に地域の支配を任せたり、改易・転封した)の結果と断じて、全くの他人事のように書いているのは少々頂けないが…。
  • EUとその構成国が不安定化している点を確実に捉えている。
    • 欧州ではドイツが力をつけ、旧敵ロシア・旧敵フランスと結び、アメリカに対抗しようとしている(NATO諸国でイラク戦争に反対した最大勢力がドイツとフランス)。この芽は摘む必要があるが、ドイツ-フランス連合は放っておいても他の欧州各国と緊張状態になるので焦る必要はない。現在のEUの中心がドイツであり、現在のドイツはドイツ+フランス連合(フランスは実質的にドイツの従属国になってしまっている)と見ている辺りは、本書より後に発行されたエマニュエル・トッドの本も同様の分析。
    • 参考:エマニュエル・トッド(著), 堀 茂樹(翻訳)「『ドイツ帝国』が世界を破滅させる 日本人への警告」(文春新書、2015/5/20) (Amazon拙書評)
    • 英国は通貨ユーロを導入していなかったが、経済的にも政治的にも、EUとは異なる独自路線を歩み始めようとしている(実際に2016年に国民投票でEU脱退が決まった…が、実態は「大英帝国」の体制そのものが分裂しかけている)。英国は当面、ドイツ-フランス連合&ドイツ-ロシア協商に対抗する為に、米国と協調する他ない。
    • トルコは国力を伸ばしているが、トルコ経由での移民が問題となりEU入りはさせて貰えない。欧州の動きを牽制する目的とともに、中東エリアでの勢力均衡も鑑み、米国はトルコと協調しなければならない。
    • EUの不安定化については、本書の続編(?)、『新・100年予測――ヨーロッパ炎上』(原著・邦訳とも2015、Amazon:単行本のみ)に詳しく書かれているのだろう。
◆ツッコミ所(本書発行後の世界情勢変動により、後出しジャンケンになる部分もあるが)
  • まず、米国自身について非常に傲慢な記述が多い。
    • 米国人(著者)が自国のことを「意図せざる帝国」(第1章の章題)と表現しているが、米国は西欧列強より後、19世紀に急速に強大化した「帝国」そのものである。そもそもが欧州各国から富を求めてアメリカ大陸に移民した人々で成り立つ国であり(そういう点では中南米も同じ成り立ちの国が多い)、米国内の富を収奪し尽くした後、中南米や東南・東アジアに版図を広げた国である。米国は、経済的には重商主義国であり、軍事的には帝国主義国である。これは建国当時から現在に至るまで変わらない。
    • 世界の多くの場所で、地域勢力が「均衡」していて紛争/戦争にまで発展していないのは「アメリカのおかげだ」という記述が鼻につく。多くの勢力均衡を作り出しているのは確かに米国だが、それは米国の都合で作り出されたものだ(決して徳や善意に基づいたものではない)。自国の都合で作り出した状況について「感謝せえよ」と言わんばかりの表現はイタダケナイ。
    • 米欧諸国が、他国(明治期の日本や戦後日本を含む)を「援助」ないし「支援」したと公然と書かれているが、これは「少なく与え、より多くを得る」自利行為(重商主義的あるいは帝国主義的な行動)であることを忘れてはならない。大抵はその地域から富を収奪する為だったり、あるいはその地域に同盟国・同盟勢力を得るためだったりする。これも米欧人読者の多くが「徳・善意に基づいて行った行為」と捉えるのだろうなあ。
  • 米国はポーランドと親密になり今以上に擁護すべきという意見が強すぎる(前著も同様だった)。筆者の親分筋ブレジンスキー(カーター政権時代の国家安全保障担当大統領補佐官)の出身国(亡命元)がポーランドであることと、ポーランドが強国ドイツと大国ロシアに挟まれた危険地帯であることは理解できるが、ポーランドをフィーチャーしすぎている感は否めない。
  • 中国、ロシア、ドイツの国力としたたかさと国民性を甘く見積もり過ぎているのではないか?(これも前著同様の傾向)
  • 幾つかの重要な地政学的動向・技術動向を見落としている(予測しきれなかった)
    • シェール革命によるエネルギーに関する世界情勢は大きく変わった。原油採掘可能な年数が大幅に伸び、新エネルギー開発への圧力が下がった。米国が半世紀ぶりに原油輸出国になり、米国内での中東の重要度が下がった(英国が20世紀に北海油田開発を進め、中東依存度を下げたのと似た効果)。原油安・天然ガス安が起き、中東各国とロシアは国力をじわじわと削がれている(これは米国の国益に適った方向性なので放置することになるだろう)。
    • ロシアとイランの旧帝国復興の動きを捉える一方で、トルコ→オスマン帝国、中国→明王朝、という2つの大きな動きもある。 -ドイツは、フランス・ロシアとの協商関係構築に加え、中国にも接近している(特に米国と日本への影響が大きい)。
    • イラク戦争後の空白エリア(ブッシュが作った)に、自称「イスラム国」が出現したこと。イラン(ペルシャ帝国)、トルコ(オスマン帝国)の2大勢力に加え、第3のカリフ国が現れようとしている。
◆補足:オリバー・ストーンとの対比

同じ米国人が書いた、自国(と世界)の歴史・今後のあるべき姿を書いた書籍として印象深かったのは、『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史』シリーズである。ストーン氏はベトナム戦争従軍後、それまで学校教育等で叩き込まれてきた「強いアメリカ、正しいアメリカ」という幻想に疑問を抱き、これらに対する疑義を呈した映画を何本も世に送り出した映画監督である。『もうひとつのアメリカ史』(書籍、DVD-BOX)は、膨大な調査に基づく資料であるが、多くの米国人から見て「自虐史観」でもある。そういう訳で、ストーン氏とフリードマン氏の歴代大統領(とその政策)に対する評価は全く異なるが、どちらもの意見もそれなりの説得力がある。

たとえば、フリードマン氏はレーガン大統領を非常に高く評価している(ストーン氏は酷評している)。ここで忘れてはならないのは、レーガン政権の副大統領、ジョージ・H・W・ブッシュ(パパ・ブッシュ)の存在である。彼は(息子とは違って)政治家として非常に有能であった(CIA長官としても、その後大統領としても、米国を上手に導いた指導者だと言える)。彼の存在なくしてレーガンの成功は無かっただろう。ブッシュ・ジュニアについては、フリードマン氏もストーン氏も似たような評価だが、フリードマン氏はやや同情的。

なお、ストーン氏が米国を「衰退する帝国」と評しているのに対し、フリードマン氏が米国を「今後も帝国として存在し続ける(但しそのために今後10年で世界を支配し続けるための体系だった方法が必要)」としているのが対照的。フリードマン氏の主張を裏側から見ると、政治のハンドリングを間違えれば米国は帝国の座から降りざるを得なくなる、とも見ることが出来、興味深い示唆が込められていると見ることも出来る。

以下、オリバー・ストーン『もうひとつのアメリカ史』シリーズの書籍・DVD情報:

2016年11月13日日曜日

細川義洋「プロジェクトの失敗はだれのせい? ~紛争解決特別法務室“トッポ―"中林麻衣の事件簿」

久しぶりの、ビジネス書(…で良いのかな?)。物語形式で読み易く、厚い割にサクッと読める本です。


細川義洋「プロジェクトの失敗はだれのせい? ~紛争解決特別法務室“トッポ―"中林麻衣の事件簿」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4774179515/>
単行本(ソフトカバー): 400ページ
出版社: 技術評論社 (2016/2/26)
言語: 日本語
ISBN-10: 4774179515
ISBN-13: 978-4774179513
発売日: 2016/2/26

[書評] ★★★★☆

大手ITベンダーRMKジャパン(架空の会社ですよ)に勤務するシステムエンジニア、麻衣。特別法務室(通称“トッポー”)に突然放り込まれる。そこで出遭う紛争の数々。

著者はITベンダー出身の、東京地裁民事調停委員IT専門委員。IT関連の企業間紛争と和解の実態については非常に詳しいようだ。本書では、ご都合主義的な人脈戦略あり、場外乱闘(?)ありと、小説としてはベタな展開が多いが(ストーリーテラーとしては専門家ではないようだ/笑)、物語形式で読み易い。ストーリーを楽しみたい人はじっくり読んでも良いし、結論だけ知りたい人は本文は斜め読みして、巻末の解説(25ページ+2行)だけじっくり読めば良いと思う。

ITプロジェクトの成功率は低いという。「納期、コスト、品質を遵守して完了するプロジェクトの割合は約7割」とのこと(本書「おわりに」より)。つまり3割のプロジェクトはどういう形にせよ失敗になるということだ。IT業界で失敗プロジェクトが多いというのは古くからの定説であり、対処法/指南書としては、(10年以上前の本だが)以下の本が有名だ。
  • エドワード・ヨードン『デスマーチ 第2版 ソフトウエア開発プロジェクトはなぜ混乱するのか』(Amazon拙書評)
しかし、これはIT業界だけの話だろうか? 確かに数万行、時に億単位のステップからなるプログラムを多人数でコーディングし、開発スパンが(他業界と比べて)短い物が多いという特徴はあるだろう。また、設計変更・機能改良に留まらず、「イチから開発」する要素が多いこともIT業界の特徴と言えるかも知れない。ここ10~20年くらいの間に、ソフトウェアの品質管理とプロジェクト・マネジメントに関して、システマティックな方法が色々出てきており、実用面でも役立っているようだ。

この手法、実はソフトウェア開発に限った話でなく、ハードウェアについても、サプライヤと顧客が一緒になって新製品を開発する際などにも使える手法なのではないか。重要部品の納品が遅れて製品リリースが遅れたり、各社の開発の足並みが崩れてプロジェクトが中断する等の事例は、ハードウェア業界でも少なくないのではないかというのが私の実感。製品の仕様(品質)・納期・価格等、顧客の要望に出来るだけ応えるというのが「顧客満足度の高い仕事」と思われがちだが、無理を重ねてプロジェクト自体が頓挫したりする可能性も考え、自社に出来ること・出来ないこと・仕様等の変更に伴う価格上昇・納期変更をキチンと顧客に伝えることはベンダー(サプライヤ)の“義務”だとまで言い切る書籍は珍しいと思った。
  • 建設業界や自動車業界など、古くから下請け・孫請け…を含み垂直統合・サプライヤ指導を上手に行っている業界もあるが(トヨタの例が有名)、あらゆる技術に精通した「主導者」が不在となりやすい業界では、IT業界における品質管理・プロジェクトマネジメント(PM)の手法が参考になると思う。
そういう意味において、興味深く読める本だった(ハードウェア系技術屋には「隣の芝生が青く見えているだけ」なのかも知れないが/笑)。プロジェクトを牽引する立場の人(予定のある人)は、IT業界以外にもオススメ出来ると思う(巻末の「解説」の箇所は2度、3度読む価値ありだと思う)

なお、本書はあくまでもイントロ本、しかもプロマネ(PM)よりも紛争回避に重点が置かれている。本当のプロマネについては、メンバー・レベルなら例えば日経BP社の技術誌『日経エレクトロニクス』の「NE Academy」等の連載記事がオススメ。プロジェクト・マネジャーに求められるレベルに到達するには、社外研修も有効だろうが、一番良いのはメンバー・サブリーダー・リーダーとしての実経験(試行錯誤)を積むこと。つまり、失敗と成功を経験することしか無いのかも知れない(何の救いもない答でスミマセン)

2016年11月6日日曜日

西尾 維新「撫物語」


西尾 維新「撫物語」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4062838982/>
単行本(ソフトカバー): 260ページ
出版社: 講談社 (2016/7/28)
言語: 日本語
ISBN-10: 4062838982
ISBN-13: 978-4062838986
発売日: 2016/7/28

[書評] ★★★★★

西尾維新・作〈物語〉シリーズの最新刊(通巻21冊目)。10巻『囮物語』では、実らない恋愛感情が暴走して、ついには蛇神様になってしまった女子中学生・千石撫子(せんごく なでこ;12巻『恋物語』では妖怪変化のスペシャリストの働きにより人間に戻ります)。本書は彼女の社会復帰編。語り部が撫子チャンであるためか、言葉遊びも少なく、シリーズ中ではかなり読み易い方。所々に『傷物語』(←現在アニメ映画公開中)に言及する箇所があるが、これはまあご愛嬌か。

漫画家を目指して努力している撫子チャン、画力の高い子だとは言え、描いた絵から式神を作ってしまう等、相変らずブッ飛んだ設定(少し前の自分自身を式神にするというシュールな展開、しかも式神を作った理由もトホホ)。が、起きてしまったドタバタ劇を回収する過程を通じて(今まで色々なものを人任せにしていた子が、今回ばかりは能動的に動く)これまで頑なに変化を受け入れなかった撫子チャンが、変わっていくこと・成長することを受け容れ、前向きになって行くストーリー展開には、非常に好感が持てる。

『囮物語』で撫子チャンのことを嫌いになった人も多いと思うが、本作は救いを与えてくれる(最良かどうかはともかく、ハッピーエンドではある)。アンチ撫子派の人にこそ読んで欲しい1冊である。

・  ・  ・  ・  ・

以下参考:
〈物語〉シリーズ 既刊リスト
1. 「化物語(上)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062836025/> (2006/11/1)
2. 「化物語(下)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062836076/> (2006/12/4)
3. 「傷物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062836637/> (2008/5/8)
4. 「偽物語(上)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062836793/> (2008/9/2)
5. 「偽物語(下)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837021/> (2009/6/11)
6. 「猫物語(黒)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/406283748X/> (2010/7/29)
セカンドシーズン
7. 「猫物語(白)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837587/> (2010/10/27)
8. 「傾物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837676/> (2010/12/25)
9. 「花物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837714/> (2011/3/30)
10. 「囮物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837765/> (2011/6/29)
11. 「鬼物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837811/> (2011/9/29)
12. 「恋物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837927/> (2011/12/21)
ファイナルシーズン
13. 「憑物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838125/> (2012/9/27)
14. 「暦物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838370/> (2013/05/20)
15. 「終物語(上)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838575/> (2013/10/22)
16. 「終物語(中)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838613/> (2014/1/29)
17. 「終物語(下)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838680/> (2014/4/2)
18. 「続・終物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838788/> (2014/9/18)
オフシーズン
19. 「愚物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838893/> (2015/10/6)
20. 「業物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838923/> (2016/1/14)
21. 「撫物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838982/> (2016/7/28)
22. 「結物語」 (※未刊)

『化物語(上)』が出たのがちょうど10年前。この10年間に本シリーズ21冊。これ以外のシリーズも抱えていて、概ね年3~4冊の刊行ペース。どういう精神構造をしていれば、これだけ多作になれるんだろう?