ジョージ・フリードマン(著),櫻井祐子(翻訳)「続・100年予測」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4150504164/>
文庫: 368ページ
出版社: 早川書房 (2014/9/25)
言語: 日本語
ISBN-10: 4150504164
ISBN-13: 978-4150504168
発売日: 2014/9/25
[書評] ★★★★☆
本書は、以下の単行本が改題・文庫化されたもの。
- ジョージ・フリードマン(著),櫻井祐子(翻訳)「激動予測: 「影のCIA」が明かす近未来パワーバランス」(早川書房、2011/6/23) <http://www.amazon.co.jp/dp/415209219X/>
- こういう改題はやめてほしい…単行本と文庫本の両方とも買ってしまいそうになるから(笑)。
- 原書(2011)のタイトルは「The Next Decade」、直訳すると「次の10年」。特に文庫版のこの邦題は内容に即していない。
- 著者とその所属組織(ストラトフォー)、及びそれらの背景については、前著レビューで軽く触れた。必要な方はこちら(リンク)を参照されたい。
本書巻末の解説(東大准教授・池内恵氏)の題名は「『帝王』への忠言にして、帝国の統治構造の暴露の書」。解説本文にも「時限爆弾のような本である。(…中略…)不穏で危険な書物である。(…中略…)超大国アメリカの非情な政策変更を、歯に衣着せず提言する。」(太字は引用者による)とあるが、まさにその通りの内容。このような本を一般向けに発行する(当然他国の要人にも情報は入る)ことの危険性を、著者はどう考えているのだろうか? (あるいは他国に対する心理誘導なのか?…というのは穿(うが)った観方かも知れないが、もし誘導なのだとしても、少しだけ乗ってみる価値はありそうだ。)
巻頭は、米国の建国当時から続いている理想と現実とのいずれに寄っても駄目だと指摘(ブッシュ・ジュニアは現実対応、オバマは理想主義に、それぞれ寄り過ぎていたと批判)。…と、最初は格好良いことを書いているのだが、その後には他国指導者層が読んだら真っ青になりそうな内容が連続する。前著『100年予測』(原書:2009、訳書:単行本2009・文庫2014)(Amazon、拙書評)が100年単位で物を語っていたのと比べ、近い未来(というか「今まさに起きていること、起こりつつあること」)を書いているのが特徴的。
前著同様、米国という国家の行動原理を明らかにしており、米国を理解する参考になる。また、世界各地の政治・経済情勢に関する分析は一流と言って良いだろう。だが、日本人として重要なのは、以下の提言だ。
- 日本を政治的にも経済的にも調子に乗せてはいけない
- このため、日本の景気低迷が長引かせる政策を取る
- 日本を牽制するため、中国・韓国を積極的に利用する
- 但し、日本は追い込まれると1930年代のように強硬策に出る恐れがあるので、あまり追い込まないように注意する
日本にとって不吉なことに、先の米大統領選で勝利したドナルド・トランプ氏の政治方針が、本書(あるいは著者の組織「ストラトフォー」の提言)のうち自身の方針と合っている部分について、大いに参考にしているように思えることだ(米国外の軍事基地の縮小ないし費用の現地負担への動き、メキシコ人不法移民問題への対策など)。ということはつまり、日本は米国から本書に書かれたような形で、大きな圧力(政治でも経済でも)をかけられることに備えるべきだということだ。
不安定な国際情勢が続く現在、最も影響力のある国・アメリカ合衆国が世界をどう見ているか、どう行動する可能性があるか、日本はどのような備えをしておくべきか。この辺りを考える上で、非常に参考になる本である。また、東アジア(日本周辺)以外の地域についての分析も鋭い。世界の政治・経済の動向に興味のある人(影響を受ける人)には勿論のこと、多くの人に薦められる本だ。
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少し詳しく書いてみる(長文注意/笑)。
◆米国の取るべき基本姿勢(著者の提言)
これは前著から一貫している。
- 米国は、自国を脅かす勢力が出現しないように、世界中に目を光らせる。脅威となりそうな国家間の連携が生まれそうになった場合は、その可能性の芽を摘む。
- ただし米国は、自らの周辺を除く諸地域の紛争に、直接介入するべきではない(ブッシュ・ジュニアはアフガニスタンとイラクにおける戦争でこの禁を破った)。
- これらを実現するため、諸地域で国家間に緊張関係を生み、地域に勢力均衡をもたらす。この為に取れる手段であれば、何でも実行する。
- 勢力均衡とは簡単に言えば、気に入らない奴同士が喧嘩するように両者を誘導し、どちらも弱体化させ、自分以外に強い奴がいないような状態にするということ。この二者のパワーバランスが悪い場合は、弱い方に肩入れし、喧嘩を長引かせることもある。
- 勢力均衡により、自らは殆ど手を汚さずに旨い所だけ持って行くというのは、西欧人(特にアングロサクソン人)の御家芸。過去にも、ネイティブ・アメリカン同士に部族争いをさせて民族数を激減させてアメリカを占領したとか、インドの宗教対立・民族対立を活性化させ現地勢力を弱体化させて植民地化したとか、例をあげればキリが無い。
本書は14章立てだが、日本人として最も気になる所は、第10章「西太平洋地域に向き合う」だ。
- 東アジア・東南アジア・豪州を合わせて「西太平洋地域」と表現している辺りに、米国人ならではの視点を感じる。
現在の日本の危機(米国が問題視するもの)については、以下の2点に集約されるという分析だ。
- 人口動態:少子高齢化により経済が退職者を支えられなくなっていること
- 昭和後期の日本の躍進は、人口増と経済成長が両輪となっていた。いわゆるバブル崩壊により経済が失速した途端、出生率が下がり、労働年齢の人口が減少し始め、経済成長がより困難になるという悪循環に陥っている。長寿化(退職後の人生が長くなった)により、国家経済の歪みに拍車をかけている。
- 他の論者も言っているが、国家全体としての経済成長ではなく、国民1人当たりの経済成長を目指すシステム作りが急務だろう。長寿化に合わせた労働環境づくりと(平均寿命が60歳前後とする前提に立つ現制度を改める)、年金制度・保険制度の立て直しが急務。また、単なる長寿化ではなく健康寿命を延ばす努力も必要。
- 産業に必要なすべての天然資源を諸外国とシーレーンに依存していること
- 実質的に米国が実現させている各地域(特にホルムズ海峡とマラッカ海峡)の平和状態が崩れた瞬間、日本の産業・経済は崖っぷちに立たされる。
- この米国への依存度を下げることが日本の急務だが、自前の軍備増強などは各国の反発を招くので、米国以外の強力な国家とも協商する必要があろう。ロシアをはじめとする諸国に対する安倍政権の接近は、現状を打開する為の動きのひとつなのだろう(米国からの圧力を考えると危ない賭けとも言えるが)。
米国(少なくとも著者)は、中国よりも日本を危険視している。太平洋戦争終結後、GHQが日本国民の思想誘導を行なったが、これはもはや有効ではなく(戦争の記憶と同様、戦後教育の効果も世代交代とともに薄れている)、日本は必要に応じて経済統制を敷いて国防に邁進する可能性があると見ている。また、社会不安を起こさずに貧窮にも耐えうる国民性だとも分析している。が、日本を危険視する一方、米国はロシアと中東への対応に追われ、西太平洋エリアに割くリソースを持たないので、日本が西太平洋地域の覇権国家とならないよう、利用出来る物は何でも利用すべきと提言する。特に狡猾(エゲツナイ)と思える提言をまとめておく:
- 中国に力を付けさせ、日中間の勢力均衡を保つこと。
- 日本の経済復興を阻害し、対外政策を遅らせること。
- 日中間のパワーバランスが崩れそうな時は(中国は弱体化が進むと見ている)、キープレイヤーとして韓国(南北統一の可能性あり)を活用する。特に、韓国の高い技術を中国に移転し、中国の国力を増すこと。
- 西太平洋地域での戦争(特に米日戦争)に備える。このため、米国は韓国・オーストラリア・シンガポールとの同盟関係を深め、これらの国の海軍力増強を支援すること。
その一方で、興味深かったのは、中国に関する分析とその深さである。嘘吐きで有名な(?)中国当局の統計データでも、国民の95%以上がサハラ以南のアフリカと変わらぬ最貧困層とのこと。中国の中央政府は早晩、一部の富裕層と大多数の最貧困層を秤にかける「綱渡り」をしないといけなくなり、もし富の再分配に失敗すれば、国は分裂する。中央政府は弱体化するか、独裁を強めるかの二者択一を迫られる。毛沢東が中国を統一した際に用いた手段は、①農民軍を指揮して西洋人を追放する、②鎖国を敷いて国民の生活水準を押し下げる、これによって国内の安定と結束を実現したが、現代中国も数年のうちに同じような手段に訴えないと国家が空中分解する可能性が高い、…といった分析だ。日本人による分析でも同様の結論が見られるが、その多くが現象論に留まっているのに対し、本書は経済分析と地政学分析による後ろ盾がある分、予測の信頼度/信用度は高いと思われる。
◆日本人としての苦言/苦情
この第10章にて「日本が中国全土を占領していた」と、事実とは異なる記述が見られる(さらに所々で年号も間違っていたりする←訳注等による訂正も欲しかった)。米国の国策に関わる機関の人間、すなわち米国内はもとより国際的にも大きな影響力を持つ立場の人が、誤った認識を事実のように記述するのは、当事国として迷惑なことこの上ない。多くの米欧人読者は事実確認も行わずに、これを「事実」と思い込まされてしまっているのだろう。
◆その他の地域に関する鋭い分析
前著から2年後に書かれたことと、内容がより近未来のこととなったためか、分析がより実態に近くなった。分析が鋭いと思われる点は、たとえば以下の点:
- 2008年の経済危機以降の全世界的な傾向として、経済ナショナリズムが高まると分析している。最近の動きを見ても、TPP (環太平洋経済連携協定)による自由貿易の推進を言い出した筈の米国が保護経済への動きを見せていたり、他にも似た動きをしている国が増えて来ている。
- ロシア→帝政ロシア、イラン→ペルシャ帝国、という旧帝国復興の動きがあること、及びEU (欧州連合)が不安定化していることを確実に捉えている。
- レバノン、ヨルダン、パレスチナとイスラエルといった第1次世界大戦以後に(英仏の思惑によって出現した)国家群の略歴とその出自については、(勿論米国人の視点というメガネを通してなのだが)他の多くのテキストより明快に書かれている。その一方で、現在の中東の混乱のそもそもの原因を、サイクス・ピコ協定と、当時の英仏の二枚舌外交(部族同士を争わせた末、一部の王家に地域の支配を任せたり、改易・転封した)の結果と断じて、全くの他人事のように書いているのは少々頂けないが…。
- EUとその構成国が不安定化している点を確実に捉えている。
- 欧州ではドイツが力をつけ、旧敵ロシア・旧敵フランスと結び、アメリカに対抗しようとしている(NATO諸国でイラク戦争に反対した最大勢力がドイツとフランス)。この芽は摘む必要があるが、ドイツ-フランス連合は放っておいても他の欧州各国と緊張状態になるので焦る必要はない。現在のEUの中心がドイツであり、現在のドイツはドイツ+フランス連合(フランスは実質的にドイツの従属国になってしまっている)と見ている辺りは、本書より後に発行されたエマニュエル・トッドの本も同様の分析。
- 参考:エマニュエル・トッド(著), 堀 茂樹(翻訳)「『ドイツ帝国』が世界を破滅させる 日本人への警告」(文春新書、2015/5/20) (Amazon、拙書評)
- 英国は通貨ユーロを導入していなかったが、経済的にも政治的にも、EUとは異なる独自路線を歩み始めようとしている(実際に2016年に国民投票でEU脱退が決まった…が、実態は「大英帝国」の体制そのものが分裂しかけている)。英国は当面、ドイツ-フランス連合&ドイツ-ロシア協商に対抗する為に、米国と協調する他ない。
- トルコは国力を伸ばしているが、トルコ経由での移民が問題となりEU入りはさせて貰えない。欧州の動きを牽制する目的とともに、中東エリアでの勢力均衡も鑑み、米国はトルコと協調しなければならない。
- EUの不安定化については、本書の続編(?)、『新・100年予測――ヨーロッパ炎上』(原著・邦訳とも2015、Amazon:単行本のみ)に詳しく書かれているのだろう。
- まず、米国自身について非常に傲慢な記述が多い。
- 米国人(著者)が自国のことを「意図せざる帝国」(第1章の章題)と表現しているが、米国は西欧列強より後、19世紀に急速に強大化した「帝国」そのものである。そもそもが欧州各国から富を求めてアメリカ大陸に移民した人々で成り立つ国であり(そういう点では中南米も同じ成り立ちの国が多い)、米国内の富を収奪し尽くした後、中南米や東南・東アジアに版図を広げた国である。米国は、経済的には重商主義国であり、軍事的には帝国主義国である。これは建国当時から現在に至るまで変わらない。
- 世界の多くの場所で、地域勢力が「均衡」していて紛争/戦争にまで発展していないのは「アメリカのおかげだ」という記述が鼻につく。多くの勢力均衡を作り出しているのは確かに米国だが、それは米国の都合で作り出されたものだ(決して徳や善意に基づいたものではない)。自国の都合で作り出した状況について「感謝せえよ」と言わんばかりの表現はイタダケナイ。
- 米欧諸国が、他国(明治期の日本や戦後日本を含む)を「援助」ないし「支援」したと公然と書かれているが、これは「少なく与え、より多くを得る」自利行為(重商主義的あるいは帝国主義的な行動)であることを忘れてはならない。大抵はその地域から富を収奪する為だったり、あるいはその地域に同盟国・同盟勢力を得るためだったりする。これも米欧人読者の多くが「徳・善意に基づいて行った行為」と捉えるのだろうなあ。
- 米国はポーランドと親密になり今以上に擁護すべきという意見が強すぎる(前著も同様だった)。筆者の親分筋ブレジンスキー(カーター政権時代の国家安全保障担当大統領補佐官)の出身国(亡命元)がポーランドであることと、ポーランドが強国ドイツと大国ロシアに挟まれた危険地帯であることは理解できるが、ポーランドをフィーチャーしすぎている感は否めない。
- 中国、ロシア、ドイツの国力としたたかさと国民性を甘く見積もり過ぎているのではないか?(これも前著同様の傾向)
- 幾つかの重要な地政学的動向・技術動向を見落としている(予測しきれなかった)
- シェール革命によるエネルギーに関する世界情勢は大きく変わった。原油採掘可能な年数が大幅に伸び、新エネルギー開発への圧力が下がった。米国が半世紀ぶりに原油輸出国になり、米国内での中東の重要度が下がった(英国が20世紀に北海油田開発を進め、中東依存度を下げたのと似た効果)。原油安・天然ガス安が起き、中東各国とロシアは国力をじわじわと削がれている(これは米国の国益に適った方向性なので放置することになるだろう)。
- ロシアとイランの旧帝国復興の動きを捉える一方で、トルコ→オスマン帝国、中国→明王朝、という2つの大きな動きもある。 -ドイツは、フランス・ロシアとの協商関係構築に加え、中国にも接近している(特に米国と日本への影響が大きい)。
- イラク戦争後の空白エリア(ブッシュが作った)に、自称「イスラム国」が出現したこと。イラン(ペルシャ帝国)、トルコ(オスマン帝国)の2大勢力に加え、第3のカリフ国が現れようとしている。
同じ米国人が書いた、自国(と世界)の歴史・今後のあるべき姿を書いた書籍として印象深かったのは、『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史』シリーズである。ストーン氏はベトナム戦争従軍後、それまで学校教育等で叩き込まれてきた「強いアメリカ、正しいアメリカ」という幻想に疑問を抱き、これらに対する疑義を呈した映画を何本も世に送り出した映画監督である。『もうひとつのアメリカ史』(書籍、DVD-BOX)は、膨大な調査に基づく資料であるが、多くの米国人から見て「自虐史観」でもある。そういう訳で、ストーン氏とフリードマン氏の歴代大統領(とその政策)に対する評価は全く異なるが、どちらもの意見もそれなりの説得力がある。
たとえば、フリードマン氏はレーガン大統領を非常に高く評価している(ストーン氏は酷評している)。ここで忘れてはならないのは、レーガン政権の副大統領、ジョージ・H・W・ブッシュ(パパ・ブッシュ)の存在である。彼は(息子とは違って)政治家として非常に有能であった(CIA長官としても、その後大統領としても、米国を上手に導いた指導者だと言える)。彼の存在なくしてレーガンの成功は無かっただろう。ブッシュ・ジュニアについては、フリードマン氏もストーン氏も似たような評価だが、フリードマン氏はやや同情的。
なお、ストーン氏が米国を「衰退する帝国」と評しているのに対し、フリードマン氏が米国を「今後も帝国として存在し続ける(但しそのために今後10年で世界を支配し続けるための体系だった方法が必要)」としているのが対照的。フリードマン氏の主張を裏側から見ると、政治のハンドリングを間違えれば米国は帝国の座から降りざるを得なくなる、とも見ることが出来、興味深い示唆が込められていると見ることも出来る。
以下、オリバー・ストーン『もうひとつのアメリカ史』シリーズの書籍・DVD情報:
- 「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 1: 2つの世界大戦と原爆投下」(ハヤカワNF文庫、2015/7/23) <http://www.amazon.co.jp/dp/4150504393/>
- 「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 2: ケネディと世界存亡の危機」(ハヤカワNF文庫、2015/7/23) <http://www.amazon.co.jp/dp/4150504407/>
- 「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 3: 帝国の緩やかな黄昏」(ハヤカワNF文庫、2015/7/23) <http://www.amazon.co.jp/dp/4150504415/>
- 映像作品(DVD-BOX):「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史DVD-BOX <http://www.amazon.co.jp/dp/B00FXSJKL4/>
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