2016年12月18日日曜日

松尾 豊「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」


松尾 豊「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4040800206/>
単行本: 263ページ
出版社: KADOKAWA/中経出版 (2015/3/11)
言語: 日本語
ISBN-10: 4040800206
ISBN-13: 978-4040800202
発売日: 2015/3/11

[書評] ★★★★☆

人工知能(AI)研究で1つのブレークスルーを生みだしたと話題の「ディープラーニング」を中心として、AI研究の過去・現在・未来を概観する本。本書発行後2年近く経ってしまっており遅きに失した感はあるが、このディープラーニングとは実際にはどのような物であるかを知りたくて読んだ。最近以下の本を読んでいて基礎知識をある程度得ていたためでもあろうが、非常に読み易く、解り易かった
特に本書は、脳神経科学の研究成果に関する記述が必要最低限に留められており、本論がブレない点に非常に好感が持てた。「ニュースとかでよく聞く“ディープラーニング”って具体的にどういう物?」と思う人には強くお薦めできる。
  • AI研究でよく出てくるアルゴリズムに、①ニューラルネットワーク、②遺伝的(進化)アルゴリズム、③再帰探索アルゴリズムがある。①は人間を含む生物の脳神経回路との類似、②が生物界の自然淘汰のプロセス類似、これにより、本論を大きく逸(そ)れて脳神経科学の話や自然淘汰プロセスの説明が深くなってしまう本も多い(実は上記カーツワイル氏とミチオ・カク氏の著作は饒舌で、本論を逸れた説明が多い傾向がある/笑)。
  • 本書でも、ディープラーニングのネットワーク構造(階層化されたニューラルネットワークと言って良いだろう)と企業などの組織との類似性には触れている。また、脳神経の回路要素・人間個々人・企業などの組織・ヒトに代表される生物の種(しゅ)に見られる自然淘汰と進化のプロセスに類似性が見られるという記述も見られる。著者の研究室では遺伝的(進化)アルゴリズムを用いたディープラーニングの実現に取り組んでいるとのこと(これに比べると、現在話題になっている「ディープラーニング」は随分シンプルな実装だと言える)。
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以下各論。

ハードウェアとネットワークの進歩がAI研究にブレークスルーをもたらした背景も非常に明快。ディープラーニングとは実際にどういう物であるかを、第5章「静寂を破る『ディープラーニング』」に明快かつ具体的にまとめているのは秀逸。アルゴリズムを考えたりプログラムを書いたりするのが好きな人にとっては嬉しい限りだ。
  • ディープラーニングのプログラムは、ノード数の少ないシステムであれば、本書の特に第5章(143~178ページ)を一通り読んだ後、改めて156~162ページをじっくり読み込めば、腕に覚えのある人なら何とかプログラムを書けるのではないだろうか。おそらく一番難しいのは、ノードとその結合を表すデータ構造の設計だろう。
    • この書評を書くために再度斜め読みしてみたが、一部舌足らず(説明不足)な部分もある。が、これは文献を当たれば何とかなるだろう。が、プログラムの設計とデバッグも大変だろうが、それ以上に、実際に「教育」をさせたりする方が手間暇がかかりそうだ(これは「教育」プログラムを作って運用するのだろうが、こちらは学会発表のテーマになりにくい、地道な活動だろう)。
  • AI関連の幾つかのアルゴリズムについては、カーツワイル著『ポスト・ヒューマン誕生』(上述)に、原注部分(巻末)にページを大きく割いて書かれており、こちらも非常に参考になるので併せて記しておく:
    • ニューラルネットワーク…同書・原注45~47ページ(本文の該当部分:343~345ページ)
    • 遺伝的(進化)アルゴリズム…同書・原注47~49ページ(本文の該当部分:345~348ページ)
    • 再帰探索のアルゴリズム…同書・原注49~51ページ(本文の該当部分:348~350ページ)
紹介が遅くなったが、著者・松尾豊氏は東京大学准教授、人工知能学会 倫理委員長も務めている人で、日本の人工知能研究分野のトップの1人(1975年生まれの若き指導者)。専門家でありながら、素人にも解りやすくズバッと本質を述べている手腕は流石と言う他ない。ディープラーニングの次に来るものの予想も(時期が多少前後することはあろうが)概ね正しいのではないだろうか。また、人工知能研究のブームも冬の時代も、そして近年の日本の立ち遅れも肌で感じてきた人でもあり、「パソコン時代にOSをマイクロソフトに、CPUをインテルに握られて、日本のメーカーが苦しんだように、人工知能の分野でも、同じことが起きかねない。そして今回の話は、ほぼすべての産業領域に関係するという意味でより深刻であり、いったん差がつくと逆転するのはきわめて困難だ。(p. 247)と警鐘を鳴らす。この点は100%同意。以前「2番じゃ駄目なんですか」と言い放った議員がいたが、トップを狙わない者には三強入りは勿論、トップ10入りも難しいのではないだろうか。

ただし、一部で言われている「2045年問題」(技術的特異点、シンギュラリティ)を危険視する考えを鼻で笑っているフシがあり、一般の読者を安心させるには説明が不十分かつ乱暴に思えた(AI研究を推進したい、すなわちAI研究を否定する訳にはいかない、という筆者の立場もあろうが)。著者は専門家と世間との間で認識にズレがあることを認めてはいるが、人々が何に不安を感じているのかを正しく捉えきれていないようにも見える。人工知能が世界のものごとを認識する能力を獲得すること(ディープラーニングが実現するのはここまで)と、人工知能が意思を獲得して行動できるようになることには「天と地ほど距離が離れている(p. 203)とする説明はそれなりに説得力がある。が、AIが人間に脅威を与えるには生命を持ち、子孫を残したいという欲求を持ち、その上で人間を征服したいという意思を持つなんて考えられないとの旨著者は述べているが、これはおそらく正しくない。AIは“生命”を持たずとも、もし仮に人間を「こいつらウザイ」と思った場合、インフラを止めてしまう・オンラインの情報を消去する・etc.により我々の生活を簡単に破壊する能力を持ち得るからだ。今後AIが個人や社会に及ぼし得る影響を考えると、もう少し慎重を要するのではないかと思える。この他にも所々、論理の飛躍が見られた。たとえば軍事用途で有人戦闘機はパイロットの命を危険に晒す「非人道的なもの」だからAIを用いて無人化した方が良い?等(敵国民の生命を奪ったり財産を破壊することは非人道的ではないのか?とか、航空機が無人化出来れば小型化しやすいとか、高Gの急旋回運用が可能になるとか、AIで運用できれば搭乗員1人ひとりを訓練せずともコピーを沢山作れば運用できるとか、その辺りのメリットの方が実は重要なのではないか?とか)。 「人工知能学会倫理委員長」が充分な慎重さを持っていないとすれば、それこそ一部で騒がれているように「AIが人類を滅ぼす」状況を招きかねないのではないかと、少し心配になる。(この点だけ1つマイナスさせて頂いた。)

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以下余談。

本書、私の買った物に付いていた帯には、「ITエンジニア本大賞2016・大川出版賞受賞!! 人工知能を知ることは、人間を知ることだ。」という文字と一緒に、インターネットアニメ『イヴの時間』(2008配信、2010映画化)の主人公の家にいるハウスロイド「サミィ」の絵。『イヴの時間』は「未来、たぶん日本。“ロボット”が実用化されて久しく、“人間型ロボット”(アンドロイド)が実用化されて間もない時代。」という設定だが、作品中に「倫理委員会」なる組織が出てくる(これを知っていたので、本書の著者略歴の中に「倫理委員会」という文字を見た時は鼻水が出そうになった/笑)。この作品の中での「倫理委員会」は、ロボット(勿論AI搭載)の“社会進出”に関する秩序を維持し、「ロボット法」を執行する機関。人間のロボットへの過度な依存を戒める啓蒙活動や、不法に廃棄されたロボットの処分、人間とロボットの過度な関係の取締り等を行なう、どちらかというとロボット& AIの導入について非常に慎重な立場、ハッキリいってロボット&AIを“毛嫌い”する組織。この帯の絵を見て、さて著者はどう思ったか。

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