ジョージ・フリードマン(著),櫻井祐子(翻訳)「100年予測」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4150504091/>
文庫: 400ページ
出版社: 早川書房 (2014/6/6)
言語: 日本語
ISBN-10: 4150504091
ISBN-13: 978-4150504090
発売日: 2014/6/6
[書評] ★★★★☆
本書は、以下の単行本が文庫化されたもの。
- ジョージ フリードマン(著),櫻井祐子(翻訳)「100年予測―世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図」(早川書房、2009/10/9)
<http://www.amazon.co.jp/dp/415209074X/>
- 米国という国家の行動原理を明らかにしている(こういう本は珍しいし、米国という国を理解する上で非常に参考になる)。
- 米国の政策立案にも関わる立場の人が、日本をどう見ているのかが分かる(日本人が自覚する日本と大きく異なり、米国は“同盟国”の日本を信用していないし、自国にとって脅威となり得ると考えている)。
- 各国の国家存亡に関わる問題として、①地理的要因(隣国やその背後にある国家とのパワーバランス)への取り組み、②人口動態への対処(特に労働力確保)、③エネルギー確保(石油・ガス以外の新エネルギー源の確保)、の3点が重要であることを示す。各国が取り組むべき課題が明らかにされている。
- 世界の未来をある程度予測できる「地政学的アプローチ」を通して、各国の抱える課題と今後紛争の起こる可能性の高い地域が見えてくる。つまり、世界を見る目を少し変えてくれる。
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筆者とその背景:
筆者ジョージ・フリードマンは、第二次大戦直後のソヴィエト支配下のハンガリーで粛清から逃れた移民。米国でストラトフォー(民間シンクタンク、正式名は「ストラテジック・フォーカスティング有限会社」)を設立する。同社は1999年NATO軍によるコソボ空爆の記事や2001年9月同時多発テロのアルカイダとブッシュ政権の戦争に関する予言などで注目された。同社は各国の政治・経済分析だけでなく諜報情報も多く扱っており、「影のCIA」とも称される。ちなみに、フリードマンとストラトフォー社は、カーター政権時の国家安全保障担当の大統領補佐官を務めたズビグネフ・ブレジンスキー(ポーランド出身ユダヤ人、コロンビア大学教授)の息がかかっている。
本書の「予測」(21世紀前半~中盤に重点)を乱暴にまとめると:
- 21世紀の終盤までの当面、世界の覇権国はアメリカであり続ける。
- 欧州は世界の中心ではなくなり、米国に脅威を与えるのは、①日本、②トルコ、③ポーランド、の3国。ロシアと中国は崩壊・分裂する。
- 21世紀中盤に、ロシア・中国での利権を巡って戦争が起こる(日土(+独)連合 vs 米国&ポーランド同盟、プレイヤは違うが第二次世界大戦の再現)。米国・ポーランド同盟が勝利する。この戦争は職業軍人によって行われ、一般市民や市街地への被害は少なくなる。戦争の進み方を決めるのは、新兵器とエネルギー開発。戦争を機に宇宙発電~マイクロ波送電が広まるが(00年代前半に出てきたアイデアだ)、これに先鞭をつけるのは米国。
- 戦後(21世紀後半)に米国の覇権を脅かすのはメキシコ。21世紀後半までメキシコは経済発展を続け、世界の大国になっている。同国は、米国同様、太平洋・大西洋の両方にアクセスを持つ強みがあり、また米国移民有権者(メキシコ系)の増加による米国の政策に影響を与えるようになる(が、その後の米墨関係の行く末の予測は書かれていない)。
- 米国の覇権について、傲慢かつ楽観的過ぎる(オリバー・ストーン他による米国帝国は衰退の過程にあるという主張と真逆)。軍事力は言うに及ばず、科学技術その他の進展について、今後も当面は米国がNo.1だと考えている(かなり無理がある想定)。
- 戦争の一般市民への影響を過小評価している。21世紀型の戦争は、(国民皆兵などの政策で遂行できるものではなく)鍛え抜かれた少数の職業軍人により遂行されるものになることは確かだと思われる。しかし、銃後(戦時の生産体制など)には一般市民も巻き込まれるだろう。また、軍需工場・研究施設を中心とした敵国の都市への攻撃と、海上封鎖・エネルギー封鎖などの攻撃は大規模に行われ、一般市民の生活への影響は大きい(軍需品のみならず生活必需品の確保にも影響がある)と考えるべきではないか。米国本土は完全海上封鎖を受けることは無いかも知れないが、それ以外の国はこれを考えておかなければならない。
- 中国、ロシア、そしてドイツの国力と民族性を甘く見積もり過ぎている(中国とロシアが政情不安定なことは否定しないが、ドイツは本書に書かれているよりも野心的かつ国民が秩序正しく行動する国家だと思う)。また、日本とトルコの力を過大評価し過ぎている(テュルク系諸国の民族性→トルコ系イスラム大帝国が出来る可能性――オスマン帝国復活?――は否定出来ない)。
- 米国の政治に見られる妙な周期性など、その原因を解明せずに援用している。ただの“迷信”に過ぎないのでは?(この説明は全く論理的でない。)
- 米国は移民政策だけで高齢化の壁を乗り越えられると言うが、この見積もりも非常に甘い(それまでに受け入れられた若い移民もいずれ高齢化するよ?)。
- イデオロギー等も含めた全ての事象を、地理的条件・人口動態・エネルギー問題、すなわち「地政学」のみで説明しようとしていおり、アプローチがシンプル過ぎるきらいがある。
- ポーランドをフィーチャーし過ぎ(ロシアとドイツに挟まれた危険地帯ではあるが…。筆者の親分筋・ブレジンスキーの出身国だからか?)。
- 戦争が宇宙のエリアにまで広がるというくだりは、ただのSFになってしまっている(読み物としては面白いが)。
- 米国は、度々不可解な対外行動をとり(例えば9・11テロ後のイラク・アフガニスタン戦争など一見何の意味があるか解り難い)、他国に対して傲慢に振る舞うが、この米国の行動原理が明らかにされている:①自国への侵略を許さず、②自国の覇権を脅かす可能性のある国が現れることも許さない、これに尽きる。アメリカは、これを実現するため、世界を安定化させる方向ではなく、強国が現れないように各地域を不安定化させることが多い(中東に混乱を招いたのもこのため)。また、本書の論旨に従えば、米国は今後も他国の都合は考えず、自国のために暴虐をし続けることになる。
- 政治家が自由意思で行動できることは殆ど無く、政治家の行動は状況で決まり、政策は現実への対応でしかない(つまり、共和党・民主党のいずれから出た大統領であっても、世界情勢に対する米国の行動はそれほど大きく違わなかっただろう)と書いている点は国際政治の本質を突いているだろう。これは米国以外の国にも当てはまることだろう。
- 21世紀、各国の政策で肝になるのは、人口政策(高齢化と人口減少への対応)とエネルギー政策。また科学技術開発が国際政治に大きく影響する。(※軍用技術の多くは1世代経つと民間に開放され、民衆の生活を大きく変える;爆撃機等の航空機が民間航空機に転用されたり、核攻撃に耐えられる軍用コンピュータ・ネットワークARPANetが全世界を繋ぐインターネットになったのが好例。今後開発され民間に降りてくるのは、宇宙発電/送受電技術。)
- 今後起こり得る戦争で鍵となる科学技術は、ロボット工学とエネルギー確保、そして宇宙テクノロジー。本書に書かれた形での宇宙戦争はちょっと信じ難いが、今後の戦争で宇宙空間に置かれた敵国の「目」と「耳」(軍事衛星)の潰し合いが重要になることは間違いないだろう。
- 米国インテリジェンス関係者が日本をどう見ているかも垣間見え、日本人が予想(期待)するほどには米国人は日本を信用していないし、それどころか危険視さえしていることがよくわかる。日本は好戦的でこそないが、必要とあらば断固とした行動に出ると分析している。(第二次世界大戦とその後のGHQによる被統治の記憶を持つ世代――戦争の悲劇を実感として知る世代――が居なくなる頃に、日本は積極的自衛権の行使をするようになっているのかも知れない。)
- 本書の中国論で論拠に挙げられている日本の高度経済成長時代の経済の総括は、これまで他で読んだ/知った日本の高度経済成長の説明と異なるが、シンプルで理解しやすい(利益よりもキャッシュフローを生み出す為に“自転車操業”的だった企業活動と、それを支えた金融政策=低金利政策=を中心に述べている)。現在の中国の経済状況を、この問題だらけの(過去の)日本になぞらえて、「ステロイド漬けの日本」と称し、急激な成長が維持できなくなった時点で経済危機→社会不安定化→中央権力の崩壊~地方主義に移行、と予測している点も論理が明快で解りやすい(中国は一党独裁なので、他国では使えない種々の“禁じ手”を実行し、対処してしまうように私には思えるのだが)。
近年の日本の安倍政権の動き(集団的自衛権とか改憲とかの動き)、そしてトルコのエルドアン政権の動き(オスマン帝国復興?)と妙に符合するところが多いこと。(エルドアン政権はどうか分からないが、安倍政権が米国インテリジェンスの情報として本書と同等のものを参考に政策を決めている可能性はある。)本書を読むと、日本は権益を守る為に(領土問題と中国近海でのシーレーン確保の為)、「積極的自衛」を行うことが必要なようにも思えるし、それが必要になるタイミングを考えると、時間のかかる国民的議論などスッ飛ばして強引な方法ででも改憲(特に第9条)が必要だと考える人がいても不思議ではない。個人的に日本の軍国化はあまり考えたくないが、ある程度想定はしておかなければいけないと思わされた。
まとめ:
日本に関する処方箋は殆ど書かれていないが(米国人が米国人向けに書いた本なのだからコレばかりは仕方が無い)、世界情勢と日本政治を見る目を少しだけ変えてくれる(かもしれない)。
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