レイ・カーツワイル (著), 井上 健 (監訳), 小野木 明恵・野中香方子・福田 実 (共訳)
「ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4140811676/>
単行本: 661ページ
出版社: 日本放送出版協会 (2007/01/25)
ISBN-10: 4140811676
ISBN-13: 978-4140811672
発売日: 2007/01/25
[書評] ★★★★☆
シンギュラリティ(技術的特異点)――コンピュータの「知能」が人間のそれを超えた時から後の技術展望は予測できないとする理論――に関する本。本書は、「特異点は近い」と宣言し、世間に技術的特異点という概念を広めた1冊。邦訳は2007年発行、原著は2005年と10年以上経ってしまった本だが、今読んでも得られる示唆は多い。コンピュータが人間より賢くなり「意識」と呼べるものを持つようになることも、人間が脳神経と機械を繋ぐようになり知能や身体能力をパワーアップすることも、(その善悪はともかく)避けようのない方向性だと言う。
- 著者レイ・カーツワイル氏は米国の発明家、実業家、未来学者。音楽好きな人はKurzweilブランドのシンセサイザー「K250」等の名で知っているかも知れない(1984年発売で当時300万円位したらしい)。氏は言語処理や学習マシンのハイテク企業複数の経営に関わっているが、最近では2012年にGoogleに入社し機械学習と言語処理の新しいプロジェクトを統括する技術担当役員(ディレクター・オブ・エンジニアリング)に就いたニュースが新しいか。2015年からは同社でAI開発の総指揮をとり、大脳新皮質をコンピューターシミュレーションするプロジェクトを率いている。詳細はWikipedia (日本語版、英語版)を参照されたい。
コンピュータ技術のイノベーションを例に収穫加速の実例を示し、この技術的特異点を迎えるのが必然であることを示す。ここまでは良い。この後出て来る内容は、脳の動作解析(リバースエンジニアリング)→ベイジアンネット、マルコフモデル、ニューラルネットといった脳モデルを利用したAI開発。脳神経科学・医学の進歩→脳と非生物的「知能」のハイブリッド化の可能性。遺伝的アルゴリズム、再帰的プログラミング、自律的コンピュータシステム。…ここまでなら、何とか。でも、最後には光速の壁を超えるとか知能は宇宙に広がるとかいったスケールの話…コレはちょっとついて行けない…。
- AI開発について、最近幾つかの分野(特に画像認識)で実績が出始めて話題になっている「ディープ・ラーニング」(ニューラルネットの重畳and/or再帰で実装されることが多いようだ;詳細はWikipedia等を参照されたい)までは流石に出て来ない。が、執筆時期が10年以上前だからこればかりは仕方が無いだろう。
- 各技術についてかなり詳細に述べられているので、他の文献を当たらなくても概要は理解できたりする;たとえばニューラル・ネットや進化アルゴリズム、再帰探索の実装方法の概要について理解するには、本書の本文及び原注を読むだけで充分だと感じた。
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- PRO①:今後テクノロジーが進む方向についての説明は、非常に説得力がある。予測がズバリ当たることは滅多に無いものだが、概ねの方向性については本書に書かれたものと大きくは違わないように思える。
- PRO②:AI開発のキーとして、脳の解析(リバースエンジニアリング)の進捗状況、ソフトウェアでの実装について現状が非常に解かりやすい(執筆時の情報ではあるのだが)。
- PRO③:技術的特異点に向けてのキーテクノロジーが、G (遺伝子工学)・N (ナノテクノロジー)・R (ロボット、AI)であることが詳細に示されており、ホットな技術分野が明らかになる(各調査機関が発表している「未来予測」と結構違っていたりするのも興味深い)。
- CON①:まず、分量が多過ぎ、内容が多岐に過ぎる。50万文字以上(400字詰め原稿用紙で――という数え方は過去のものだが――約1300枚)という大著。原注・引用合わせて600以上という、一般書籍としては異常な数(博士論文でもここまでのものは少ないのではないか)。筆者自身の専門=AI=に関わる研究分野だけでも非常に幅広いということはよく分かるのだが、常人がこれら全てを理解しながら本論を見失わずに最後まで読むのは少々困難(要するにハードルの高い本だということ)。(※コンパクトに読みたい場合→本記事末の【追記】参照。)
- CON②:脳神経系と非生物知能のハイブリッド化の可能性について、精神医学的アプローチが欠落している。神経系-シリコン系のハイブリッド化が可能になったとしても、強化された脳(生体脳)には大きな負荷がかかる筈だ。この影響について臨床レベルで充分な研究が進まない限り、人間にインストールすることには非常に大きな危険を伴う筈だが、その辺りの考証が足りないように思える。
- 特定の能力だけ強化した場合、例えばサヴァン症候群(知的障害や発達障害などを持つ者で、音楽や美術など特定の分野に限って優れた能力を発揮する症状)に類似した症状が出てしまうのではないかとか、AIが“精神病”に罹る危険性について触れられていないなど、不安を感じる。
- AIが矛盾した命令を与えられて一種の精神病に罹ってしまう可能性について、SF小説/映画の形で、A・C・クラークが『2001年宇宙の旅』(1968)で予測している。
- CON③:テクノロジーの発展について楽観的すぎる。すなわち、新技術の持つ危険性についての考察が甘い。また、悪意を持った者が技術開発を行う可能性と、それを取り締まる方法について全体主義的なアプローチとプライバシーの両立についても見通しが甘いと思われる。
- CON④:バイオテクノロジーの危険性について、生命の価値を単純に数量だけで単純比較するというベンサム流に功利主義的な扱いをしているのはどうなのか? と、各種人体実験を積極的に行うべしという、危険な考えを持っている点については、断固NOと言いたい。(カーツワイル氏は遺伝的な病気を持っており、毎日サプリメントを250粒摂取、及び毎週6回静脈内投与(栄養補給剤を直接血流に注入)、により健康を維持しているとのこと。また、氏自身が非生物知能に乗り換えてでも長生きして「特異点」の後の世界を見てみたいと強く望んでいるフシがある。これらのことから、死生観などが常人と違うのはある程度仕方が無いかも知れない。また/あるいは、バグがある製品でもとりあえず市場に出して不具合は追って修正するという米国ハイテク企業に多いアプローチを、生命に対しても適用しよう、という安直な思想を持っているのかも知れない。)
- CON⑤:氏は教育を単なる知識の蓄積としか捉えていないように読める。教育(特に初等~中等教育)は、団体行動を通じた社会性と価値観の育成、精神面の成長を促す目的も大きく、将来においても分散教育(ネット経由の在宅教育)だけでは済まされないと私は考える。
…とツッコミ所は色々あるのだが、読み終わってみると結構面白い本だった。ボリュームと難易度ゆえに、読み始めては挫折…を繰り返した本なのだが(苦笑)。
【追記】本書の「エッセンス版」が最近出版された(2016/4/26)。ボリュームは「ポスト・ヒューマン誕生」の半分以下。手っ取り早く読むにはこちらの方が良いかも知れない。
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【追記】本書の「エッセンス版」が最近出版された(2016/4/26)。ボリュームは「ポスト・ヒューマン誕生」の半分以下。手っ取り早く読むにはこちらの方が良いかも知れない。
- レイ・カーツワイル (著), NHK出版 (編集)
「シンギュラリティは近い [エッセンス版]―人類が生命を超越するとき」(NHK出版、2016/4/26)
<http://www.amazon.co.jp/dp/414081697X/>
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