2016年12月25日日曜日

武田綾乃「響け! ユーフォニアム 北宇治高校の吹奏楽部日誌」

連投3発目。合計7冊。冬休み前最後の連休フィーバー(笑)。普段はユルめの本(コミック・小説)と同じ冊数、固めの本を読むようにしているのだが(必然的に固めの本の方が読書時間が長くなる)、年末年始モードで自己規制を緩めた途端、つい暴走(笑)。

書評、年内はこれがラストかな…?


武田 綾乃(監修)「響け! ユーフォニアム 北宇治高校の吹奏楽部日誌」
<https://www.amazon.co.jp/dp/4800262267/>
文庫: 285ページ
出版社: 宝島社 (2016/10/6)
言語: 日本語
ISBN-10: 4800262267
ISBN-13: 978-4800262264
発売日: 2016/10/6

[書評] ★★★☆☆

「響け!ユーフォニアム」シリーズ最新刊。

前半は『響け!ユーフォニアム』(1~3巻+短編集)の後日談2本、後半は著者インタビュー等。

この後日談は、『響け!ユーフォニアム』(1~3巻)+『北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話』で、コンクールの全国大会(10月)が終わって3年生部員が引退した後の話。新3年生(学校での学年はまだ2年生)・新2年生(同1年生)に役職が割り当てられ、2月の定期演奏会・3月のイベント演奏(立華高校吹奏楽部との合同演奏)と、イベントはまだまだ続く。『北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話』を読んでいないと繋がりが見えない話もあるかも知れないが(なんでこの2人が次期部長&副部長なんやねん!とか/笑)、コンクール後のストーリーが気になる人は楽しめると思う。

後半の著者インタビューは、創作の背景が読めてそれなりに面白く読めた。作品中の登場人物にまつわるエピソードが作者御自身の経験に基づくものが多かったりして、それはそれで泣かせるのだが…。

まあ、原作・コミック・TVアニメが当たったから出た本だろう。ファン向けの作品。でも、おもろいで(笑)。本編を楽しめた人にはオススメ。

2016年12月24日土曜日

武田綾乃「響け! ユーフォニアムシリーズ 立華高校マーチングバンドへようこそ」(前編・後編)

連投2日目。

武田綾乃「響け! ユーフォニアムシリーズ 立華高校マーチングバンドへようこそ」(前編・後編)

[書評] ★★★★☆

「響け!ユーフォニアム」のサイドストーリー。「響け!」で北宇治高校に通う主人公・黄前久美子(おうまえ くみこ)と同じ中学から、吹奏楽、特にマーチングの全国的な強豪校である立華高校に進んだ佐々木梓(ささき あずさ)が主人公。担当楽器はトロンボーン。

吹奏楽部はよく体育会系文化部と言われるが、マーチングは体育会系運動部だ(笑)。本作もマーチング「あるある」話が多い。
  • 私の場合、マーチング経験は大学時代。楽器を持たない基礎練の時は蹴りは飛んで来るし、楽器を持っていても竹刀(しない)で叩かれるし。この竹刀、ビニールテープが分厚く巻かれていて、コレで打たれると非常に痛かった(涙)。しかも尻じゃなくて腿狙って来るし(←半端無くチョー痛い/泣)。そこで体験した、若さゆえの暴走、あるいは狂気。そういったものが本書にも描かれていて(懐かしい用語が連発!)、色々と思い出してしまった…。
さて、本作。強豪校だから、練習は厳しい。しかも、マーチングだから、座奏メインの吹奏楽団以上に体育会系、上下関係も厳しい。が、全国を狙うのだから、学年に関係なく技術の優れた子がオーディションを通る。称賛と嫉妬の入り交じった感情。そういう環境の中での、脆そうに見える友情。主人公の梓は向上心があり、非常に練習熱心な生徒。吹奏楽を始めた理由がちょっと泣けるのだが(この後に出た『北宇治高校の吹奏楽部日誌』での著者インタビューによると、作者・武田さんの経験に基づくストーリーのようだ)、吹奏楽以外のことを疎かにし過ぎていないか?…という訳で、一部、感情移入がちょっと難しい場所もあった。
  • 作者の武田さん御自身にはマーチングの経験が無いのか、練習の生々しさはイマイチ伝わって来なかったことも多少あるかも…座奏中心の1~3巻が非常に面白かったので、ついこれと比べてしまうのも酷かも知れないが…。
  • あと、吹奏楽「だけ」のために転居してまで入学した生徒がいたり、極端なキャラクターが多過ぎることも感情移入しにくい理由だったかも知れない。
    • と書いている私の知る人の中に、御子息に本格的に吹奏楽をやらせるために転居したという「極端な親御さん」がいるのだが…(千葉県内は吹奏楽を含めた部活動に熱心な公立高校がいくつもあるが、地域が偏っているのでこういうこともまれにある)。
 

武田 綾乃(著)「響け! ユーフォニアムシリーズ 立華高校マーチングバンドへようこそ 前編」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4800258723/>
文庫: 336ページ
出版社: 宝島社 (2016/8/4)
言語: 日本語
ISBN-10: 4800258723
ISBN-13: 978-4800258724
発売日: 2016/8/4

武田 綾乃(著)「響け! ユーフォニアムシリーズ 立華高校マーチングバンドへようこそ 後編」
<http://www.amazon.co.jp/dp/480025874X/>
文庫: 347ページ
出版社: 宝島社 (2016/9/6)
言語: 日本語
ISBN-10: 480025874X
ISBN-13: 978-4800258748
発売日: 2016/9/6

「響け!」1~3巻で、立華高校は北宇治高校のライバル校(そして全国的な強豪校)として度々登場、また梓も久美子の友人として度々出ているので、ストーリーが一部重複する。「響け!」1~2巻とほぼ同じ時系列で、多視点的な書き方になるので、一部既視感のあるシーンもある(同じシーンを別の人の視点から描いているので当然なのだが)。梓と久美子との会話で、同じ会話内容なのに2人が感じていることが全然違ったりしていることがチョット面白い。

ところで、この同じシーンを多視点から描くというのは流行なのだろうか? 最近よく見るスタイルのような気がする。

2016年12月23日金曜日

武田綾乃「響け!ユーフォニアム」(全3巻+短編集1冊) (再読)

再読(4冊)も含め合計7冊、3日連続で連投します。今日は1発目。

武田綾乃「響け!ユーフォニアム」(全3巻+短編集1冊) (再読)

[書評] ★★★★★

吹奏楽の経験者、在籍中の人、これから始めてみようかなと思っている人、興味ある人、の全てにめっちゃオススメ!

アニメ放送(1期:2015・2期:2016)が完結を迎えるところで(最終回は来週12/28(水)深夜…より厳密には29(木)未明)、原作を再読。アニメは原作と結構違うな~と思ったが、小説と映像とのメディアとしての性格(表現力の差)を考慮して分かりやすい表現に変更してあったり、放送時間の尺の問題などもあるのだろう(特に違うのは主人公の心理描写;久美子が時々抱く黒い感情や心の中だけでのツッコミはアニメには殆ど登場せず)。ともかく、原作・アニメの両方ともエンタメ作品として完成されているのは凄いな~と正直に思う。

この作者さん(武田綾乃さん)、絶対吹奏楽経験者だよね~とか、瑞々しい筆致から、まだ若いよね~(高校時代の記憶が鮮明な年齢だ)とか、そんなことを思いながらWikipediaを見たら、案の定デシタ。1冊目は大学在学中の作品らしい。この若さでこれだけ反響のある作品を書いてしまうって、正直、凄い。
  • ここでチョット脱線して、アニメ第2期も映画化を予想。この作品、原作もアニメも良作なので、どちらから入っても良いと思う(コミカライズ版については読んでいないのでコメント出来ないのだが…スミマセン)。第1巻はTVアニメ化(第1期、2015)の他、映画化もされた(2016)。この映画、第1期の総集編的な内容ではあるのだが、音源は殆ど録り直しのようだし(特に打楽器の音が大幅増強)、細かなカットも色々違っていたり、京アニさんの本気度が伝わってきた。この面白さを考えると、ズバリ予想!第2期(原作第2~3巻)も映画化されるだろう。なお、TVアニメで第2期ラスト付近(まだ1回放送を残しているが…もしかしたら年が明けてから特番とかがあるかも?)結構重要なシーンが何か所か(たぶん意図的に)削られているようで、これらは映画用に取っておいてあると予想。構成としては、原作第2巻(吹奏楽コンクール関西大会まで)と第3巻(全国大会まで)は別の映画に分けた方が良いと思う(…が、原作が完結してしまったため、メディアミックスのタイミング等から、映画が1本にまとめられるか2本に分けられるかは、今後の原作小説・コミック・BD/DVDの売上次第か)。分けたほうが良いと思う理由は、その方がストーリー的に解り易くなることと、観客動員数・BD/DVD売上が上がりそうなこと(2番目の理由は制作側の都合を勝手に予想してみた/笑)。また、原作第2~3巻の2冊分をTV 1クール(13回)で放送したのは、少し内容が濃すぎた気がする。これを映画1本に押し込むのはコッテリし過ぎでしょ?…みたいな。
  • 第1期はBD/DVDに特典映像(未放送)としてコンクールメンバーに選ばれなかった生徒たちの活動エピソード「かけだすモナカ」が付いていたが(原作に無い?オリジナルストーリー)、第2期のBD/DVDにも後日談あたりが付いて来そうな予感…。
以下、1冊ずつ簡単にコメント。


「響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ」
<https://www.amazon.co.jp/dp/4800217474/>
文庫: 319ページ
出版社: 宝島社 (2013/12/5)
言語: 日本語
ISBN-10: 4800217474
ISBN-13: 978-4800217479
発売日: 2013/12/5

高校入学から全国吹奏楽コンクール京都府大会まで。TVアニメ化(第1期、2015)。原作小説では、心理描写にエグい箇所や心の中だけでのツッコミがあり(映像作品では殆ど表現されていない)、この辺りは読んでいて飽きさせない所だ。高校生が集まっている集団だから当然のことなのだが、人の好き嫌いや仲良しグループが生活の一部を支配している様子などの描写が瑞々しい。学園モノの定番ではあるのだが、この辺りをしっかり押さえた上で、コンクールに向けて吹奏楽中心のハードな生活を描いている。吹奏楽部「あるある」な話が多い。


「響け! ユーフォニアム 2 北宇治高校吹奏楽部のいちばん熱い夏」
<https://www.amazon.co.jp/dp/4800239060/>
文庫: 321ページ
出版社: 宝島社 (2015/3/5)
言語: 日本語
ISBN-10: 4800239060
ISBN-13: 978-4800239068
発売日: 2015/3/5

全国吹奏楽コンクール関西大会まで。TVアニメ化第2期(2016)の前半部分。吹奏楽部のメンバー同士の心理的距離の変化の表現が秀逸(原作では部員間の呼称が変わっていたり、あまり仲の良くなかった先輩と心理距離がぐっと近づいたりしている辺り、映像作品の限られた枠内では表現されていない描写が色々ある)

1巻では基本的に受身で、周りに流されて行動していた主人公・久美子が、小さなことから周囲に働きかけて行くようになり、精神的成長が見られるのが青春ドラマっぽくて良い。


「響け! ユーフォニアム 3 北宇治高校吹奏楽部、最大の危機」
<https://www.amazon.co.jp/dp/4800239826/>
文庫: 382ページ
出版社: 宝島社 (2015/4/4)
言語: 日本語
ISBN-10: 4800239826
ISBN-13: 978-4800239822
発売日: 2015/4/4

そして、全国へ。本作のクライマックス。TVアニメ第2期(2016)の後半部分。1巻では、受験勉強と部活の両立が難しいと久美子の幼馴染(先輩)が退部した。本巻では、吹奏楽部の副部長にして部員の精神的支柱・田中あすかの進退について、彼女の母親が出張ってくる。家では久美子の姉・麻美子が大学(3年生)をやめて美容師になると言い出して親と大喧嘩をする。見の周りで手一杯な久美子だが、姉の言葉が伏線になって、あすかに素直に気持ちを伝えられる様子など、話の展開が非常によく出来ていると思う。

こうして改めて読み返してみると、2巻は1巻への追加の作品ではなくて、3巻のラストまで最初からプロットが出来ていて書かれた作品だということがよくわかる。
  • 私が好きなキャラは、2年ユーフォの夏紀。一見すると、スカート丈が短く目つきの悪い、ちょっと不良っぽい先輩。性格はクールというか、醒めている。後輩を可愛がる時の動作がちょっと乱暴だったり、同級生・優子(トランペット)と度々言い合いをする等、感情表現があまり上手ではない。ユーフォ初心者の(高校に入学してから楽器を始めた)彼女は、コンクールメンバー選抜時には、1年生の久美子と違って選抜されなかった。全国大会直前のあすかの不在に伴い、その穴を埋める役を任される。晴れ舞台に立ちたいという気持ちと、あすかが戻った方が良いという葛藤の中での発言に痺れる。「お願い久美子。あすか先輩を連れ戻して」(p. 184)。


「響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話」
<https://www.amazon.co.jp/dp/4800241197/>
文庫: 268ページ
出版社: 宝島社 (2015/5/25)
言語: 日本語
ISBN-10: 4800241197
ISBN-13: 978-4800241191
発売日: 2015/5/25

短編集14編。本編(1~3巻)の前日譚・後日譚あり、本編と同じ時系列でも主人公・久美子不在のエピソードあり、本編に入りきらなかった(であろう)話あり。全てのエピソードにきちんとオチがついているのは流石関西人(細かいことを書くと、関西とは言っても京都系中心;大阪漫才に近いノリの物もあるが、上方落語のような作風が多い気がする)。作者・武田さんが作品世界を緻密に作り上げたことが窺える。
  • 1~3巻は久美子目線の作品だが、映像作品の久美子不在シーンは殆ど本作から。…京アニさん、素材の使い方が凄く上手!
ひとつの大きな流れを持つストーリーでなく、ショート・ショートの形を取ることで、部員同士の団結心やいがみ合い、友情とその縺(もつ)れ、恋愛も含めた不器用な感情表現など、結構コッテリ書かれているが、それでいてしつこくない。この辺りの匙加減は流石だと思う。

映像作品を一通り見た後で読むと、また味わい深い。TVアニメ(と映画アニメ)に魅入られた人にとっては、本編と合わせ必読の書(笑)。最初の書評では淡々としたことしか書かなかったが、…やばい、私いい歳してハマっている?(笑)

・  ・  ・  ・  ・

参考:以前書いた書評など(今回と結構違うこと書いているかも/笑)

2016年12月18日日曜日

松尾 豊「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」


松尾 豊「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4040800206/>
単行本: 263ページ
出版社: KADOKAWA/中経出版 (2015/3/11)
言語: 日本語
ISBN-10: 4040800206
ISBN-13: 978-4040800202
発売日: 2015/3/11

[書評] ★★★★☆

人工知能(AI)研究で1つのブレークスルーを生みだしたと話題の「ディープラーニング」を中心として、AI研究の過去・現在・未来を概観する本。本書発行後2年近く経ってしまっており遅きに失した感はあるが、このディープラーニングとは実際にはどのような物であるかを知りたくて読んだ。最近以下の本を読んでいて基礎知識をある程度得ていたためでもあろうが、非常に読み易く、解り易かった
特に本書は、脳神経科学の研究成果に関する記述が必要最低限に留められており、本論がブレない点に非常に好感が持てた。「ニュースとかでよく聞く“ディープラーニング”って具体的にどういう物?」と思う人には強くお薦めできる。
  • AI研究でよく出てくるアルゴリズムに、①ニューラルネットワーク、②遺伝的(進化)アルゴリズム、③再帰探索アルゴリズムがある。①は人間を含む生物の脳神経回路との類似、②が生物界の自然淘汰のプロセス類似、これにより、本論を大きく逸(そ)れて脳神経科学の話や自然淘汰プロセスの説明が深くなってしまう本も多い(実は上記カーツワイル氏とミチオ・カク氏の著作は饒舌で、本論を逸れた説明が多い傾向がある/笑)。
  • 本書でも、ディープラーニングのネットワーク構造(階層化されたニューラルネットワークと言って良いだろう)と企業などの組織との類似性には触れている。また、脳神経の回路要素・人間個々人・企業などの組織・ヒトに代表される生物の種(しゅ)に見られる自然淘汰と進化のプロセスに類似性が見られるという記述も見られる。著者の研究室では遺伝的(進化)アルゴリズムを用いたディープラーニングの実現に取り組んでいるとのこと(これに比べると、現在話題になっている「ディープラーニング」は随分シンプルな実装だと言える)。
・  ・  ・  ・  ・

以下各論。

ハードウェアとネットワークの進歩がAI研究にブレークスルーをもたらした背景も非常に明快。ディープラーニングとは実際にどういう物であるかを、第5章「静寂を破る『ディープラーニング』」に明快かつ具体的にまとめているのは秀逸。アルゴリズムを考えたりプログラムを書いたりするのが好きな人にとっては嬉しい限りだ。
  • ディープラーニングのプログラムは、ノード数の少ないシステムであれば、本書の特に第5章(143~178ページ)を一通り読んだ後、改めて156~162ページをじっくり読み込めば、腕に覚えのある人なら何とかプログラムを書けるのではないだろうか。おそらく一番難しいのは、ノードとその結合を表すデータ構造の設計だろう。
    • この書評を書くために再度斜め読みしてみたが、一部舌足らず(説明不足)な部分もある。が、これは文献を当たれば何とかなるだろう。が、プログラムの設計とデバッグも大変だろうが、それ以上に、実際に「教育」をさせたりする方が手間暇がかかりそうだ(これは「教育」プログラムを作って運用するのだろうが、こちらは学会発表のテーマになりにくい、地道な活動だろう)。
  • AI関連の幾つかのアルゴリズムについては、カーツワイル著『ポスト・ヒューマン誕生』(上述)に、原注部分(巻末)にページを大きく割いて書かれており、こちらも非常に参考になるので併せて記しておく:
    • ニューラルネットワーク…同書・原注45~47ページ(本文の該当部分:343~345ページ)
    • 遺伝的(進化)アルゴリズム…同書・原注47~49ページ(本文の該当部分:345~348ページ)
    • 再帰探索のアルゴリズム…同書・原注49~51ページ(本文の該当部分:348~350ページ)
紹介が遅くなったが、著者・松尾豊氏は東京大学准教授、人工知能学会 倫理委員長も務めている人で、日本の人工知能研究分野のトップの1人(1975年生まれの若き指導者)。専門家でありながら、素人にも解りやすくズバッと本質を述べている手腕は流石と言う他ない。ディープラーニングの次に来るものの予想も(時期が多少前後することはあろうが)概ね正しいのではないだろうか。また、人工知能研究のブームも冬の時代も、そして近年の日本の立ち遅れも肌で感じてきた人でもあり、「パソコン時代にOSをマイクロソフトに、CPUをインテルに握られて、日本のメーカーが苦しんだように、人工知能の分野でも、同じことが起きかねない。そして今回の話は、ほぼすべての産業領域に関係するという意味でより深刻であり、いったん差がつくと逆転するのはきわめて困難だ。(p. 247)と警鐘を鳴らす。この点は100%同意。以前「2番じゃ駄目なんですか」と言い放った議員がいたが、トップを狙わない者には三強入りは勿論、トップ10入りも難しいのではないだろうか。

ただし、一部で言われている「2045年問題」(技術的特異点、シンギュラリティ)を危険視する考えを鼻で笑っているフシがあり、一般の読者を安心させるには説明が不十分かつ乱暴に思えた(AI研究を推進したい、すなわちAI研究を否定する訳にはいかない、という筆者の立場もあろうが)。著者は専門家と世間との間で認識にズレがあることを認めてはいるが、人々が何に不安を感じているのかを正しく捉えきれていないようにも見える。人工知能が世界のものごとを認識する能力を獲得すること(ディープラーニングが実現するのはここまで)と、人工知能が意思を獲得して行動できるようになることには「天と地ほど距離が離れている(p. 203)とする説明はそれなりに説得力がある。が、AIが人間に脅威を与えるには生命を持ち、子孫を残したいという欲求を持ち、その上で人間を征服したいという意思を持つなんて考えられないとの旨著者は述べているが、これはおそらく正しくない。AIは“生命”を持たずとも、もし仮に人間を「こいつらウザイ」と思った場合、インフラを止めてしまう・オンラインの情報を消去する・etc.により我々の生活を簡単に破壊する能力を持ち得るからだ。今後AIが個人や社会に及ぼし得る影響を考えると、もう少し慎重を要するのではないかと思える。この他にも所々、論理の飛躍が見られた。たとえば軍事用途で有人戦闘機はパイロットの命を危険に晒す「非人道的なもの」だからAIを用いて無人化した方が良い?等(敵国民の生命を奪ったり財産を破壊することは非人道的ではないのか?とか、航空機が無人化出来れば小型化しやすいとか、高Gの急旋回運用が可能になるとか、AIで運用できれば搭乗員1人ひとりを訓練せずともコピーを沢山作れば運用できるとか、その辺りのメリットの方が実は重要なのではないか?とか)。 「人工知能学会倫理委員長」が充分な慎重さを持っていないとすれば、それこそ一部で騒がれているように「AIが人類を滅ぼす」状況を招きかねないのではないかと、少し心配になる。(この点だけ1つマイナスさせて頂いた。)

・  ・  ・  ・  ・

以下余談。

本書、私の買った物に付いていた帯には、「ITエンジニア本大賞2016・大川出版賞受賞!! 人工知能を知ることは、人間を知ることだ。」という文字と一緒に、インターネットアニメ『イヴの時間』(2008配信、2010映画化)の主人公の家にいるハウスロイド「サミィ」の絵。『イヴの時間』は「未来、たぶん日本。“ロボット”が実用化されて久しく、“人間型ロボット”(アンドロイド)が実用化されて間もない時代。」という設定だが、作品中に「倫理委員会」なる組織が出てくる(これを知っていたので、本書の著者略歴の中に「倫理委員会」という文字を見た時は鼻水が出そうになった/笑)。この作品の中での「倫理委員会」は、ロボット(勿論AI搭載)の“社会進出”に関する秩序を維持し、「ロボット法」を執行する機関。人間のロボットへの過度な依存を戒める啓蒙活動や、不法に廃棄されたロボットの処分、人間とロボットの過度な関係の取締り等を行なう、どちらかというとロボット& AIの導入について非常に慎重な立場、ハッキリいってロボット&AIを“毛嫌い”する組織。この帯の絵を見て、さて著者はどう思ったか。

2016年12月11日日曜日

NHKスペシャル「NEXT WORLD」制作班(編著)「NEXT WORLD―未来を生きるためのハンドブック」


NHKスペシャル「NEXT WORLD」制作班(編著)「NEXT WORLD―未来を生きるためのハンドブック」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4140816716/>
出版社: NHK出版 (2015/4/9)
言語: 日本語
ISBN-10: 4140816716
ISBN-13: 978-4140816714
発売日: 2015/4/9

[書評] ★★★★☆

NHKスペシャル番組「NEXT WORLD 私たちの未来」を書籍化したもの。副題は「未来を生きるためのハンドブック」となっているが、遺伝子工学・ナノテクノロジー・ロボット/人工知能・生活フロンティアにより、近未来がどのようになるかを垣間見せてくれる「パンフレット」と言った方が正確だろう。

内容は以下の3部構成。
  1. 命と身体 (薬理学、脳・神経科学の発展)
  2. 生活とフロンティア (宇宙旅行から生活フロンティアまで)
  3. 人工知能と未来予測 (AI、人体とコンピュータの融合)
このうち1.と3.はいわゆる「2045年問題」とも関係しており、番組で科学解説者を務めたミチオ・カク氏(本書の序文も書いている)の著書『フューチャー・オブ・マインド』(下記参照)と内容が大きく重複する。
  • 2045年問題…AIの“知能”が人間の知能を超える「特異点」が2045年頃に訪れるが、その後はAIが自らの力で高性能化を続けるので我々人間には2045年以後の技術予測が出来ない、…という問題。
人間の遺伝子操作やクローン技術など、現段階では、倫理的・哲学的に物議を醸しそうな話題も多く、明るい話題ばかりではない。が、これらの技術の一部は、10~30年後には「当たり前」のものとなっているのだろう。技術の未来予測に興味のある人は必読

・  ・  ・  ・  ・

参考図書
・  ・  ・  ・  ・
以下余談

以前、米国が今後100年どのような課題に立ち向かうべきかが書かれた、ジョージ・フリードマン(著),櫻井祐子(翻訳)『100年予測』(原書:2009、訳書:単行本2009・文庫2014)(Amazon拙書評)を読んだ。この時は、今後起こり得る戦争で鍵となる科学技術は、突き詰めると以下のようなものだった。
  • ロボット工学(AI)、兵士の肉体強化・AI/ネットワークを活用した行動力強化
  • エネルギー確保(人工衛星にて太陽光発電~エネルギーはマイクロ波送電~地上にて受信)
  • 宇宙テクノロジー(特に敵国の「目」と「耳」となる軍事衛星)…これらの潰し合いが戦局を大きく変える
当時、この分析を読んだ私は、ただのSF物語ではないかと思った。だが、本書(とその前の同系統の書籍数冊)を読むと、これはあながちウソでも無さそうだ、少しは信じた方が良さそうだ、と思えてきた。自分が生きている間に、新しいテクノロジーが実現されるのは素晴らしいと思う反面、新技術が破壊と殺戮の道具として使われる様子を想像するのは、「皆の幸せに寄与できる新技術・新製品」を作ることを目指す技術者としては、内心複雑な思いである(出来ることならば、破壊・殺戮の片棒を担ぎたくないので)。とは言え、旅客機もインターネットも携帯電話もGPSも元は全部軍事技術であり、技術が民間に開放されてから積極的に平和利用されている。「最悪の状況に備えた技術」として開発された軍事技術も、後に「人々の豊かな生活に役立つ」と信じるしかないのかも知れない。

2016年12月4日日曜日

ミチオ・カク「フューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学する」


ミチオ・カク(著), 斉藤隆央(翻訳)「フューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学する」
<http://www.amazon.co.jp/dp/414081666X/>
単行本: 512ページ
出版社: NHK出版 (2015/2/20)
言語: 日本語
ISBN-10: 414081666X
ISBN-13: 978-4140816660
発売日: 2015/2/20

[書評] ★★★★★

久しぶりにガッツリしたハード・サイエンスの本を読んだ。本書の内容は、タイトルの通り「人間の心や脳神経科学の未来予測」。
  • 人間の脳のリバースエンジニアリング(逆行分析)はどこまで進むのか?
  • 脳のコピーをコンピュータ上に実現することは出来るのか?
  • 人体とコンピュータの融合はどこまで進むのか? 怪我や病気で失われた機能(四肢や内臓など)を取り戻す技術はどこまで進むのか? あるいは、人間の身体はどこまで強化されるのか?(軍事用途等?)
…等々。レイ・カーツワイル(著)『ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき』(下に参考図書として挙げておく)と重複する部分も多い(本書でカク教授は多くの科学者にインタビューしているが、その中にカーツワイル博士も入っている)

本書を読んで再認識させられるのが、①脳の分析が思っていた以上に進んでいること、②義肢技術が進んでいること、③AI技術が進歩していること(PC・スマホの音声認識等もこの範疇)、④人間という種が存続&さらに進化する上で、カーツワイル氏が言うところのGNR (ゲノム技術、ナノテクノロジー、ロボット工学=AIを含む=)を結集させる必要がある、ということ。
  • 脳の働き(静的・動的な状態)を観察する技術がどんどん向上している。が、空間分解能と時間分解能の両方について充分な性能の技術はまだ登場していない。
  • 人工内臓や義肢が以前にも増して高度化している。特に、感覚をフィードバックしてデリケートな動作を実現する義肢は、人間とコンピュータの融合と言える。今後、脳神経系とコンピュータを接続する方向性は変えようがない。
  • AIの進歩が進んでいる。危険な環境や遠く離れた場所に、生身の人間ではなく、サロゲート(生身の人体の代わりに動くロボット)を置いて「仕事」をするだろう。
  • 人間という種は、進化の過程で物理的限界に近い状態にある。すなわち、脳の容積を確保しつつも、産道を通れるサイズに収まっていなければいけない。今以上に進化をするには、コンピュータ(AI)・ナノテクノロジー・遺伝子工学の助けが必要。
なお、本書の第13章「心がエネルギーそのものになる」と第14章「エイリアンの心」は、カク氏お得意のブッ飛んだSFな話(笑)。光速を超える移動手段としてはワームホールが有望だとか、人間の意識をレーザー光に乗せて宇宙を飛びまわらせるとか(レーザー光になればワームホールも通れる)、現段階ではただのSFに過ぎないような話も多いが、我々が進めるべき技術発展の方向性は比較的ハッキリ示されていると思う。例えば、超長距離通信に限っても、以下のような課題が考えられる:
  • 惑星間、恒星間などの超長距離通信ではレーザー光も発散してしまうが、これを最小限に押し留める技術はどのようなものか?
  • 光の通り道さえ歪められてしまうような超重力下(ワームホールを通した通信)では、波長分散等、通信品質に影響する要因はどのように現れるか? また、通信品質を維持するにはどうすれば良いか?
著者ミチオ・カク氏は子どもの頃SFにワクワクして、そのような話に出てくる技術を実現させる手段として、科学者になったという。そのためか、技術の発展に関する記述は、かなり前向きだ。核技術や遺伝子技術に代表される、多くの人々に(場合によっては人類や地球上の生命全てに)影響を及ぼしかねない技術の危険性については認識しているが、多少詰めが甘いように感じる。これらの技術開発を行っている団体(や国家)は、必ずしも日米欧のと価値観を共有しない、ならず者国家だったりもするのだ。核技術については、東西冷戦という構図で開発競争が行われたが、キューバ危機等、数度のターニングポイントがあり、どちらかがボタンを押してしまったら最後、人類は滅亡するという瀬戸際を歩んでいたことを我々は忘れてはならないと思う。恐怖に駆られた弱小国家・テロリストは、自らが生き残るためでなく、自ら以外を滅ぼすためにパンドラの箱を開けてしまう可能性もあるのだ。この辺りの法整備・国際合意の形成も含めて人類全体が(あまり速すぎないスピードで)進化することを見守り、自分が貢献できることをしたいと思う。

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第11章「脳のリバースエンジニアリング」は本書のハイライトの1つだと思う。

ここで、ニューロン1個1個の解剖地図や、脳内の全ての経路を再現する「ヒト・コネクトーム・プロジェクト」が紹介されているが、私の個人的見解では、記憶や人格までコピーするのは難しいのではないか(そういう意味ではカーツワイル氏の言う「永遠の命」はまだまだ先だと思う)。というのは、タンパク質を寄せ集めて細胞を作っても、そこに栄養や老廃物、酸素や二酸化炭素の流入・流出する状態を作れなければ、それは「生きた細胞」ではないし、人工臓器についても同様。脳についても同じことが言え、栄養等の物質の流れがあり、ニューロン間の接続が強化されたり切れたりするプロセスそのものが、記憶や人格を形成していると考えられるからだ(福岡伸一氏が言うように、生命の本質を「動的な状態そのもの」だと考えるからだ)

参考図書
  • 福岡伸一「動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか」(木楽舎、2009/2/17) (Amazon拙書評)
  • 福岡伸一「動的平衡2 生命は自由になれるのか」(木楽舎、2011/12/10) (Amazon拙書評)
本書の著者ミチオ・カク氏も、ニューロンの動きは不確定性をともなうので、「トランジスタで忠実にモデル化することはできないと思う」(p.474)とのこと。カク氏としては珍しく(?)慎重な意見だ。

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ミチオ・カク 既刊(の一部)
  • 「パラレルワールド―11次元の宇宙から超空間へ」(2006) (Amazon拙書評)
  • 「サイエンス・インポッシブル――SF世界は実現可能か」(2008) (Amazon拙書評)
  • 「2100年の科学ライフ」(2012) (Amazon拙書評)
関連図書
  • レイ・カーツワイル「ポスト・ヒューマン誕生――コンピュータが人類の知性を超えるとき」(2007) (Amazon拙書評)