2014年7月30日水曜日

タイラー・ハミルトン、ダニエル・コイル(著)、児島 修(翻訳) 「シークレット・レース」


タイラー ハミルトン、ダニエル コイル(著)、児島 修 (翻訳)「シークレット・レース」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4094088016/>
文庫: 551ページ
出版社: 小学館 (2013/5/8)
ISBN-10: 4094088016
ISBN-13: 978-4094088014
発売日: 2013/5/8

[書評] ★★★★☆

ツール・ド・フランスを1999~2005年7連覇したランス・アームストロングが、ドーピング問題により、後に98年8月以降の記録を取り消され、自転車競技会から永久追放処分を受けた。本書は、長年アームストロングのアシストを務めたタイラー・ハミルトンによる暴露本。ドーピングを行っている選手の間の沈黙の掟(オメルタ)を破り、アームストロング神話を崩すキッカケになった本。

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◆筆者(タイラー・ハミルトン氏)がどのようにドーピングに染まって行ったか
  • 自転車レース界に、ドーピングは蔓延している。
  • クリーンな状態で走ることは、ドーピングをしている選手たちに“出し抜かれ”続けていることになる。
  • レースの結果は生活に関わる。ある時点でドーピングに手を染めるか、プロの自転車選手を辞めるか選択を迫られる時が来る。
  • 特に、1週間以上続けて行われるレースでは疲労を抑え、体力を回復させるためにドーピングは非常に有効。長期間のステージレースになると、クリーンな選手は勝てなくなる。
  • ドーピングをやっている選手は“秘密結社”のようなものを作っていて、外部に情報が出ないようになっている(沈黙の掟=オメルタ=というものがある)。
  • 筆者(ハミルトン氏)が、レース結果を認められ、ランスを勝たせるための“秘密結社”の誘われた時の高揚感も書かれている。
◆ランス・アームストロング氏について
  • ドーピングをしていてもしていなくても偉大な選手だ。
  • だが、「勝って当然」という考え方は根本的に間違っている。
  • U. S. Postal Service時代からレースを100%コントロールして勝利するために手段を選ばなかった。
  • “負けるかもしれない”という不安には勝てない男だった。
◆その後のUCI(世界自転車連盟)レースについて
  • 自転車競技はクリーンになり始めている。が、残念ながら100%クリーンではない。
  • 自転車競技が勝利を切望している人間たちの営みである限り、100%クリーンにすることは、ある意味不可能だとも言える。
  • クリーンになり始めている理由として、検査の精度が高くなったこと、規則が厳格に適用されるようになったこと、「生体パスポート」と呼ばれるプログラムで選手の血液値が細かく監視されるようになったことなどが挙げられる。
  • ただし、血液ドーピング(自己輸血)の検査は依然として存在していないし、効果を抑えた(血液の各数値が大きく変動しない範囲での)少量の血液ドーピングをしている選手はいるらしい。
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※自転車レース界におけるドーピング問題を扱った本として、P・キメイジ著『ラフ・ライド』がある(Amazon拙書評)。この頃(1990年前後)と業界の基本的な体質はあまり変わらないらしい。否、むしろ、より洗練された仕組みが出来上がっていると言えようか。

ランス・アームストロングは癌から生還した選手として有名だ。そのアームストロングがツール・ド・フランスで優勝するとなると、劇的である。チームは勿論、業界全体がアームストロングとそのドラマ(神話)を擁護し、彼が勝つレースを展開して行った様子がよくわかる。

本書によると、自転車レース業界はクリーンになり始めているが、完全にはほど遠いという。ドーピング検査に引っ掛からない範囲でのドーピング(少量の血液ドーピング等)は今後も続いてしまうのだろう。また、新たなドーピング方法が“開発”され、より巧妙になって行く可能性も否定できない。

勝利を求める人間が多く関わり、ショービジネス的な側面をも持つ自転車レースにおいて、これは避けられない問題なのだろう。『ラフ・ライド』と『シークレット・レース』、この2冊で自転車レースの見方が大きく変わってしまった。自転車レースは、レース結果を出しつつ、ドーピングに引っ掛からないようにうまく立ち回るという、“新種のゲーム”であるのかも知れない。

純粋な体力と精神力の勝負でないことが明らかになった今、10年前と同じ視点では自転車レースを楽しめなくなってしまった。

2014年7月26日土曜日

山中伸弥、益川敏英「『大発見』の思考法」

トヨタが「理系女子」(リケジョ)に奨学金を出し、系列会社に入社すれば返済を免除とする制度を開始する、というニュースは少し前だっただろうか。本書は、理系人間(男子+女子+どっちでもない人?)全員へのエールと、教育制度の有るべき姿や研究組織のスポンサー(国など)への願いを込められた本。

山中 伸弥 (著), 益川 敏英 (著)「「大発見」の思考法」(文藝春秋、2011/1/19)
<http://www.amazon.co.jp/dp/4166607898/>
新書: 208ページ
出版社: 文藝春秋 (2011/1/19)
ISBN-10: 4166607898
ISBN-13: 978-4166607891
発売日: 2011/1/19

[書評] ★★★★★

日本を代表する科学者であり、ノーベル賞受賞者である2人の大先生の対談をまとめた本。山中教授がiPS細胞でノーベル賞を受賞する直前に発行されている辺り、出版社の“あざとい”意図も感じなくはないが(笑)、研究者・技術者に元気をくれる本だと思う。理系人間なら誰でも出会う「壁」を乗り越えるためのヒントが沢山書かれていると思う。

本書の対談の中で、研究者・技術者に求められるものとして、たとえば以下が挙げられている。いずれも大切なことだと思う。
  • 技術の進歩とともに、専業化・分業化は避けられない。今は、最新の機械やツールをどう使いこなし、その中でいかにオリジナルなことが出来るかどうかが重要。
  • 実験の結果が予想通りなら、「並」の結果。予想外の結果が出た時に、それが一体何なのかを考えることが、優れた研究への第一歩。
  • 偶然から始めたテーマを、自分の出会う運命的なテーマと考えられるかどうかは、本人次第。
また、研究を取り巻く環境に対して憂慮してる点は、概ね以下の通り。
  • 医学、生命科学を専攻する大学学生が、高校で生物を勉強して来ていない(理系の人間は、数学と合わせて物理・化学を選択して受験することが多い)。大学で生物を再教育しなければならなくなっている。
  • 親の収入が子の成績を良くする→学歴において格差のスパイラルが、すでに起きている。
  • 研究においても効率が重視され始めているが、無駄なものを削ぎ落とそうとして未来の種まで捨て去ってしまう事態は避けたい。目先の利益ばかり追求して「早く成果を出すこと」を求めると、きちんとした研究は出来なくなる。
研究者や技術者には勿論だが、その上司にも読んで頂きたい。また、理系の学生や学校の先生方にも是非読んで頂きたい。さらに出来れば、文科省や経産省の方々にも御一読頂きたい本だ。

2014年7月23日水曜日

小林雅一「クラウドからAIへ -アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場」

また少し間が開いてしまいましたが、今回は新しめの本です。


小林雅一 (著)「クラウドからAIへ -アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4022735155/>
新書: 247ページ
出版社: 朝日新聞出版 (2013/7/12)
ISBN-10: 4022735155
ISBN-13: 978-4022735157
発売日: 2013/7/12

[書評] ★★★★☆

最近使われる/見掛ける/話題になるようになってきた、
  • しゃべるスマホ(新しいユーザインタフェース)
  • 自動運転車
  • ロボット
の近年の状況を示すとともに、これらを支えるキーであるAI(人工知能)の進展について述べる本。結構面白く読めるし、AIを始めとする技術の現状を概観するのに良い本だと思う。

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AIの発展には、
  • コンピュータの処理能力が大きく向上したこと
  • 人間(を含む動物)の「知能」に関する理解が進んだこと
が見逃せない。AppleやGoogleが電子機器に実装しているAIは、いわゆる「知能」とは異なるのではないか等の議論もある。が、人間と正しくコミュニケート出来ているように見えることから一定の効果は出ていると見て良いだろう。

今熱いのは、「学習するAI」。特に、言語情報処理能力を学習するAIが今ホットだ。単なる論理的検索ではなく、より複雑な言語処理を伴う意味論的検索(「セマンティック検索」)は、既にGoogleなどの検索画面には実装されてきている。
  • 私の抱えている実務上の問題を言えば、セマンティック検索に慣れきってしまっている“最近の若いモン”(笑)が、論理的検索を出来なくなってしまっていることだ。…というのは、特許検索システムは、論理的検索はソレナリに使えるが、意味論的検索はまだ使い物になっていないからだ。…まぁ、そんなことはともかく(溜息)。
現在のGoogle検索など、文字情報の処理能力はソコソコ向上してきている。しかし、音声処理は「まだまだ」であるというのが実情だ(AppleのiPhone/iPod touchのSiriなどは、オモチャとしてそれなりに遊べるレベルに達してはいるが)。音声情報(会話)は、文字情報(文章)以上に論理的ではないという特徴を持つからだ。

このような「論理的でない情報」は、どのように処理をするのか。現段階での解答は、学習するAIを使うことらしい。このAIは、処理をした情報の量が多ければ多いほど、加速的に賢くなる。処理する言語情報は、実際にユーザが入力した文字や音声だ。これらの情報は、端末ではなくセンター側に残るので、基本的にリバースエンジニアリングも不可能という特徴を持つ。学習するAIの開発を進める上では、先に情報を集めた者が有利な立場に立ち、一旦有利な立場に立つと持続的に圧倒的優位を維持できる。だから、これらの情報を独占できる位置(モバイル・インターネットのゲートウェイ=入口)をめぐり、Apple、Google、FacebookといったIT企業の間で競争が起こっているのだ。

…といった辺りの状況を、非常に解り易く読ませてくれる。技術の進展は速いので、本書の賞味期間はかなり短そうだが、現段階では良書だと言えると思う。

2014年7月6日日曜日

鬼頭 莫宏 (著)「のりりん(9)」(コミック)

今回はコミックです。前回のレビューから間(ま)が空いてしまいましたが、…現在、ちょっと「堅めの本」を数冊読んでいてレビューに至っていません。なので、今回は軽めの本(コミック)です。

鬼頭 莫宏 (著)「のりりん(9)」(コミック)
<http://www.amazon.co.jp/dp/4063545148/>
コミック: 200ページ
出版社: 講談社 (2014/5/23)
言語: 日本語
ISBN-10: 4063545148
ISBN-13: 978-4063545142
発売日: 2014/5/23

[書評] ★★★★★

本巻は競技用自転車でのレース回です。草レースです。TT(タイムトライアル)とエンデューロ(数時間の耐久レース)です。MTB・ロード等の自転車の種類を問わず、出場したことのある人にとっては「あるある」な内容。これから出てみようかな、な人には「ナルホド~」な内容。

「のりりん」全巻に言えることなのですが、説経臭くなく色々な知識を教えてくれるのが良いです。で、自身サイクリストの人が読むと、共感できる箇所が多かったり。

自転車漫画としては勿論、サイクリストへの教科書としても優れていると思います。

以下、私が大いに共感した箇所(台詞抜粋、8巻・9巻より):

  • 仕事なら命を懸けてもいいとは思わんが、趣味で命を懸けるのは絶対にやっちゃ駄目だ。時々どんな事でも命懸けてやれみたいに言う輩(やから)がいるが、そういうヤツはペテン師だよ。そいつはそう言って責任を取る気はないからな。
    (8 巻・p. 11)
  • 趣味は人生を豊かにする為(ため)のものだからな。どんなにカッコ悪くても無事に家に帰るのが一番カッコ良いことだよ。
    (8 巻・p. 11)
  • 草レースだから、わざわざそれ専用のTT フレームを用意するなんて大袈裟(おおげさ)な感じもするけど、草レースはお祭りみたいなものだからね。本気の大人の遊びよね。
    (9 巻・p. 64)
  • 遊びだからな、死ぬ気で行っても死にゃしねえ時は死ぬ気で行け。エントリー代払ったんだ。その分苦しんで楽しみな。
    (9 巻・p. 96)