2016年12月25日日曜日

武田綾乃「響け! ユーフォニアム 北宇治高校の吹奏楽部日誌」

連投3発目。合計7冊。冬休み前最後の連休フィーバー(笑)。普段はユルめの本(コミック・小説)と同じ冊数、固めの本を読むようにしているのだが(必然的に固めの本の方が読書時間が長くなる)、年末年始モードで自己規制を緩めた途端、つい暴走(笑)。

書評、年内はこれがラストかな…?


武田 綾乃(監修)「響け! ユーフォニアム 北宇治高校の吹奏楽部日誌」
<https://www.amazon.co.jp/dp/4800262267/>
文庫: 285ページ
出版社: 宝島社 (2016/10/6)
言語: 日本語
ISBN-10: 4800262267
ISBN-13: 978-4800262264
発売日: 2016/10/6

[書評] ★★★☆☆

「響け!ユーフォニアム」シリーズ最新刊。

前半は『響け!ユーフォニアム』(1~3巻+短編集)の後日談2本、後半は著者インタビュー等。

この後日談は、『響け!ユーフォニアム』(1~3巻)+『北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話』で、コンクールの全国大会(10月)が終わって3年生部員が引退した後の話。新3年生(学校での学年はまだ2年生)・新2年生(同1年生)に役職が割り当てられ、2月の定期演奏会・3月のイベント演奏(立華高校吹奏楽部との合同演奏)と、イベントはまだまだ続く。『北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話』を読んでいないと繋がりが見えない話もあるかも知れないが(なんでこの2人が次期部長&副部長なんやねん!とか/笑)、コンクール後のストーリーが気になる人は楽しめると思う。

後半の著者インタビューは、創作の背景が読めてそれなりに面白く読めた。作品中の登場人物にまつわるエピソードが作者御自身の経験に基づくものが多かったりして、それはそれで泣かせるのだが…。

まあ、原作・コミック・TVアニメが当たったから出た本だろう。ファン向けの作品。でも、おもろいで(笑)。本編を楽しめた人にはオススメ。

2016年12月24日土曜日

武田綾乃「響け! ユーフォニアムシリーズ 立華高校マーチングバンドへようこそ」(前編・後編)

連投2日目。

武田綾乃「響け! ユーフォニアムシリーズ 立華高校マーチングバンドへようこそ」(前編・後編)

[書評] ★★★★☆

「響け!ユーフォニアム」のサイドストーリー。「響け!」で北宇治高校に通う主人公・黄前久美子(おうまえ くみこ)と同じ中学から、吹奏楽、特にマーチングの全国的な強豪校である立華高校に進んだ佐々木梓(ささき あずさ)が主人公。担当楽器はトロンボーン。

吹奏楽部はよく体育会系文化部と言われるが、マーチングは体育会系運動部だ(笑)。本作もマーチング「あるある」話が多い。
  • 私の場合、マーチング経験は大学時代。楽器を持たない基礎練の時は蹴りは飛んで来るし、楽器を持っていても竹刀(しない)で叩かれるし。この竹刀、ビニールテープが分厚く巻かれていて、コレで打たれると非常に痛かった(涙)。しかも尻じゃなくて腿狙って来るし(←半端無くチョー痛い/泣)。そこで体験した、若さゆえの暴走、あるいは狂気。そういったものが本書にも描かれていて(懐かしい用語が連発!)、色々と思い出してしまった…。
さて、本作。強豪校だから、練習は厳しい。しかも、マーチングだから、座奏メインの吹奏楽団以上に体育会系、上下関係も厳しい。が、全国を狙うのだから、学年に関係なく技術の優れた子がオーディションを通る。称賛と嫉妬の入り交じった感情。そういう環境の中での、脆そうに見える友情。主人公の梓は向上心があり、非常に練習熱心な生徒。吹奏楽を始めた理由がちょっと泣けるのだが(この後に出た『北宇治高校の吹奏楽部日誌』での著者インタビューによると、作者・武田さんの経験に基づくストーリーのようだ)、吹奏楽以外のことを疎かにし過ぎていないか?…という訳で、一部、感情移入がちょっと難しい場所もあった。
  • 作者の武田さん御自身にはマーチングの経験が無いのか、練習の生々しさはイマイチ伝わって来なかったことも多少あるかも…座奏中心の1~3巻が非常に面白かったので、ついこれと比べてしまうのも酷かも知れないが…。
  • あと、吹奏楽「だけ」のために転居してまで入学した生徒がいたり、極端なキャラクターが多過ぎることも感情移入しにくい理由だったかも知れない。
    • と書いている私の知る人の中に、御子息に本格的に吹奏楽をやらせるために転居したという「極端な親御さん」がいるのだが…(千葉県内は吹奏楽を含めた部活動に熱心な公立高校がいくつもあるが、地域が偏っているのでこういうこともまれにある)。
 

武田 綾乃(著)「響け! ユーフォニアムシリーズ 立華高校マーチングバンドへようこそ 前編」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4800258723/>
文庫: 336ページ
出版社: 宝島社 (2016/8/4)
言語: 日本語
ISBN-10: 4800258723
ISBN-13: 978-4800258724
発売日: 2016/8/4

武田 綾乃(著)「響け! ユーフォニアムシリーズ 立華高校マーチングバンドへようこそ 後編」
<http://www.amazon.co.jp/dp/480025874X/>
文庫: 347ページ
出版社: 宝島社 (2016/9/6)
言語: 日本語
ISBN-10: 480025874X
ISBN-13: 978-4800258748
発売日: 2016/9/6

「響け!」1~3巻で、立華高校は北宇治高校のライバル校(そして全国的な強豪校)として度々登場、また梓も久美子の友人として度々出ているので、ストーリーが一部重複する。「響け!」1~2巻とほぼ同じ時系列で、多視点的な書き方になるので、一部既視感のあるシーンもある(同じシーンを別の人の視点から描いているので当然なのだが)。梓と久美子との会話で、同じ会話内容なのに2人が感じていることが全然違ったりしていることがチョット面白い。

ところで、この同じシーンを多視点から描くというのは流行なのだろうか? 最近よく見るスタイルのような気がする。

2016年12月23日金曜日

武田綾乃「響け!ユーフォニアム」(全3巻+短編集1冊) (再読)

再読(4冊)も含め合計7冊、3日連続で連投します。今日は1発目。

武田綾乃「響け!ユーフォニアム」(全3巻+短編集1冊) (再読)

[書評] ★★★★★

吹奏楽の経験者、在籍中の人、これから始めてみようかなと思っている人、興味ある人、の全てにめっちゃオススメ!

アニメ放送(1期:2015・2期:2016)が完結を迎えるところで(最終回は来週12/28(水)深夜…より厳密には29(木)未明)、原作を再読。アニメは原作と結構違うな~と思ったが、小説と映像とのメディアとしての性格(表現力の差)を考慮して分かりやすい表現に変更してあったり、放送時間の尺の問題などもあるのだろう(特に違うのは主人公の心理描写;久美子が時々抱く黒い感情や心の中だけでのツッコミはアニメには殆ど登場せず)。ともかく、原作・アニメの両方ともエンタメ作品として完成されているのは凄いな~と正直に思う。

この作者さん(武田綾乃さん)、絶対吹奏楽経験者だよね~とか、瑞々しい筆致から、まだ若いよね~(高校時代の記憶が鮮明な年齢だ)とか、そんなことを思いながらWikipediaを見たら、案の定デシタ。1冊目は大学在学中の作品らしい。この若さでこれだけ反響のある作品を書いてしまうって、正直、凄い。
  • ここでチョット脱線して、アニメ第2期も映画化を予想。この作品、原作もアニメも良作なので、どちらから入っても良いと思う(コミカライズ版については読んでいないのでコメント出来ないのだが…スミマセン)。第1巻はTVアニメ化(第1期、2015)の他、映画化もされた(2016)。この映画、第1期の総集編的な内容ではあるのだが、音源は殆ど録り直しのようだし(特に打楽器の音が大幅増強)、細かなカットも色々違っていたり、京アニさんの本気度が伝わってきた。この面白さを考えると、ズバリ予想!第2期(原作第2~3巻)も映画化されるだろう。なお、TVアニメで第2期ラスト付近(まだ1回放送を残しているが…もしかしたら年が明けてから特番とかがあるかも?)結構重要なシーンが何か所か(たぶん意図的に)削られているようで、これらは映画用に取っておいてあると予想。構成としては、原作第2巻(吹奏楽コンクール関西大会まで)と第3巻(全国大会まで)は別の映画に分けた方が良いと思う(…が、原作が完結してしまったため、メディアミックスのタイミング等から、映画が1本にまとめられるか2本に分けられるかは、今後の原作小説・コミック・BD/DVDの売上次第か)。分けたほうが良いと思う理由は、その方がストーリー的に解り易くなることと、観客動員数・BD/DVD売上が上がりそうなこと(2番目の理由は制作側の都合を勝手に予想してみた/笑)。また、原作第2~3巻の2冊分をTV 1クール(13回)で放送したのは、少し内容が濃すぎた気がする。これを映画1本に押し込むのはコッテリし過ぎでしょ?…みたいな。
  • 第1期はBD/DVDに特典映像(未放送)としてコンクールメンバーに選ばれなかった生徒たちの活動エピソード「かけだすモナカ」が付いていたが(原作に無い?オリジナルストーリー)、第2期のBD/DVDにも後日談あたりが付いて来そうな予感…。
以下、1冊ずつ簡単にコメント。


「響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ」
<https://www.amazon.co.jp/dp/4800217474/>
文庫: 319ページ
出版社: 宝島社 (2013/12/5)
言語: 日本語
ISBN-10: 4800217474
ISBN-13: 978-4800217479
発売日: 2013/12/5

高校入学から全国吹奏楽コンクール京都府大会まで。TVアニメ化(第1期、2015)。原作小説では、心理描写にエグい箇所や心の中だけでのツッコミがあり(映像作品では殆ど表現されていない)、この辺りは読んでいて飽きさせない所だ。高校生が集まっている集団だから当然のことなのだが、人の好き嫌いや仲良しグループが生活の一部を支配している様子などの描写が瑞々しい。学園モノの定番ではあるのだが、この辺りをしっかり押さえた上で、コンクールに向けて吹奏楽中心のハードな生活を描いている。吹奏楽部「あるある」な話が多い。


「響け! ユーフォニアム 2 北宇治高校吹奏楽部のいちばん熱い夏」
<https://www.amazon.co.jp/dp/4800239060/>
文庫: 321ページ
出版社: 宝島社 (2015/3/5)
言語: 日本語
ISBN-10: 4800239060
ISBN-13: 978-4800239068
発売日: 2015/3/5

全国吹奏楽コンクール関西大会まで。TVアニメ化第2期(2016)の前半部分。吹奏楽部のメンバー同士の心理的距離の変化の表現が秀逸(原作では部員間の呼称が変わっていたり、あまり仲の良くなかった先輩と心理距離がぐっと近づいたりしている辺り、映像作品の限られた枠内では表現されていない描写が色々ある)

1巻では基本的に受身で、周りに流されて行動していた主人公・久美子が、小さなことから周囲に働きかけて行くようになり、精神的成長が見られるのが青春ドラマっぽくて良い。


「響け! ユーフォニアム 3 北宇治高校吹奏楽部、最大の危機」
<https://www.amazon.co.jp/dp/4800239826/>
文庫: 382ページ
出版社: 宝島社 (2015/4/4)
言語: 日本語
ISBN-10: 4800239826
ISBN-13: 978-4800239822
発売日: 2015/4/4

そして、全国へ。本作のクライマックス。TVアニメ第2期(2016)の後半部分。1巻では、受験勉強と部活の両立が難しいと久美子の幼馴染(先輩)が退部した。本巻では、吹奏楽部の副部長にして部員の精神的支柱・田中あすかの進退について、彼女の母親が出張ってくる。家では久美子の姉・麻美子が大学(3年生)をやめて美容師になると言い出して親と大喧嘩をする。見の周りで手一杯な久美子だが、姉の言葉が伏線になって、あすかに素直に気持ちを伝えられる様子など、話の展開が非常によく出来ていると思う。

こうして改めて読み返してみると、2巻は1巻への追加の作品ではなくて、3巻のラストまで最初からプロットが出来ていて書かれた作品だということがよくわかる。
  • 私が好きなキャラは、2年ユーフォの夏紀。一見すると、スカート丈が短く目つきの悪い、ちょっと不良っぽい先輩。性格はクールというか、醒めている。後輩を可愛がる時の動作がちょっと乱暴だったり、同級生・優子(トランペット)と度々言い合いをする等、感情表現があまり上手ではない。ユーフォ初心者の(高校に入学してから楽器を始めた)彼女は、コンクールメンバー選抜時には、1年生の久美子と違って選抜されなかった。全国大会直前のあすかの不在に伴い、その穴を埋める役を任される。晴れ舞台に立ちたいという気持ちと、あすかが戻った方が良いという葛藤の中での発言に痺れる。「お願い久美子。あすか先輩を連れ戻して」(p. 184)。


「響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話」
<https://www.amazon.co.jp/dp/4800241197/>
文庫: 268ページ
出版社: 宝島社 (2015/5/25)
言語: 日本語
ISBN-10: 4800241197
ISBN-13: 978-4800241191
発売日: 2015/5/25

短編集14編。本編(1~3巻)の前日譚・後日譚あり、本編と同じ時系列でも主人公・久美子不在のエピソードあり、本編に入りきらなかった(であろう)話あり。全てのエピソードにきちんとオチがついているのは流石関西人(細かいことを書くと、関西とは言っても京都系中心;大阪漫才に近いノリの物もあるが、上方落語のような作風が多い気がする)。作者・武田さんが作品世界を緻密に作り上げたことが窺える。
  • 1~3巻は久美子目線の作品だが、映像作品の久美子不在シーンは殆ど本作から。…京アニさん、素材の使い方が凄く上手!
ひとつの大きな流れを持つストーリーでなく、ショート・ショートの形を取ることで、部員同士の団結心やいがみ合い、友情とその縺(もつ)れ、恋愛も含めた不器用な感情表現など、結構コッテリ書かれているが、それでいてしつこくない。この辺りの匙加減は流石だと思う。

映像作品を一通り見た後で読むと、また味わい深い。TVアニメ(と映画アニメ)に魅入られた人にとっては、本編と合わせ必読の書(笑)。最初の書評では淡々としたことしか書かなかったが、…やばい、私いい歳してハマっている?(笑)

・  ・  ・  ・  ・

参考:以前書いた書評など(今回と結構違うこと書いているかも/笑)

2016年12月18日日曜日

松尾 豊「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」


松尾 豊「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4040800206/>
単行本: 263ページ
出版社: KADOKAWA/中経出版 (2015/3/11)
言語: 日本語
ISBN-10: 4040800206
ISBN-13: 978-4040800202
発売日: 2015/3/11

[書評] ★★★★☆

人工知能(AI)研究で1つのブレークスルーを生みだしたと話題の「ディープラーニング」を中心として、AI研究の過去・現在・未来を概観する本。本書発行後2年近く経ってしまっており遅きに失した感はあるが、このディープラーニングとは実際にはどのような物であるかを知りたくて読んだ。最近以下の本を読んでいて基礎知識をある程度得ていたためでもあろうが、非常に読み易く、解り易かった
特に本書は、脳神経科学の研究成果に関する記述が必要最低限に留められており、本論がブレない点に非常に好感が持てた。「ニュースとかでよく聞く“ディープラーニング”って具体的にどういう物?」と思う人には強くお薦めできる。
  • AI研究でよく出てくるアルゴリズムに、①ニューラルネットワーク、②遺伝的(進化)アルゴリズム、③再帰探索アルゴリズムがある。①は人間を含む生物の脳神経回路との類似、②が生物界の自然淘汰のプロセス類似、これにより、本論を大きく逸(そ)れて脳神経科学の話や自然淘汰プロセスの説明が深くなってしまう本も多い(実は上記カーツワイル氏とミチオ・カク氏の著作は饒舌で、本論を逸れた説明が多い傾向がある/笑)。
  • 本書でも、ディープラーニングのネットワーク構造(階層化されたニューラルネットワークと言って良いだろう)と企業などの組織との類似性には触れている。また、脳神経の回路要素・人間個々人・企業などの組織・ヒトに代表される生物の種(しゅ)に見られる自然淘汰と進化のプロセスに類似性が見られるという記述も見られる。著者の研究室では遺伝的(進化)アルゴリズムを用いたディープラーニングの実現に取り組んでいるとのこと(これに比べると、現在話題になっている「ディープラーニング」は随分シンプルな実装だと言える)。
・  ・  ・  ・  ・

以下各論。

ハードウェアとネットワークの進歩がAI研究にブレークスルーをもたらした背景も非常に明快。ディープラーニングとは実際にどういう物であるかを、第5章「静寂を破る『ディープラーニング』」に明快かつ具体的にまとめているのは秀逸。アルゴリズムを考えたりプログラムを書いたりするのが好きな人にとっては嬉しい限りだ。
  • ディープラーニングのプログラムは、ノード数の少ないシステムであれば、本書の特に第5章(143~178ページ)を一通り読んだ後、改めて156~162ページをじっくり読み込めば、腕に覚えのある人なら何とかプログラムを書けるのではないだろうか。おそらく一番難しいのは、ノードとその結合を表すデータ構造の設計だろう。
    • この書評を書くために再度斜め読みしてみたが、一部舌足らず(説明不足)な部分もある。が、これは文献を当たれば何とかなるだろう。が、プログラムの設計とデバッグも大変だろうが、それ以上に、実際に「教育」をさせたりする方が手間暇がかかりそうだ(これは「教育」プログラムを作って運用するのだろうが、こちらは学会発表のテーマになりにくい、地道な活動だろう)。
  • AI関連の幾つかのアルゴリズムについては、カーツワイル著『ポスト・ヒューマン誕生』(上述)に、原注部分(巻末)にページを大きく割いて書かれており、こちらも非常に参考になるので併せて記しておく:
    • ニューラルネットワーク…同書・原注45~47ページ(本文の該当部分:343~345ページ)
    • 遺伝的(進化)アルゴリズム…同書・原注47~49ページ(本文の該当部分:345~348ページ)
    • 再帰探索のアルゴリズム…同書・原注49~51ページ(本文の該当部分:348~350ページ)
紹介が遅くなったが、著者・松尾豊氏は東京大学准教授、人工知能学会 倫理委員長も務めている人で、日本の人工知能研究分野のトップの1人(1975年生まれの若き指導者)。専門家でありながら、素人にも解りやすくズバッと本質を述べている手腕は流石と言う他ない。ディープラーニングの次に来るものの予想も(時期が多少前後することはあろうが)概ね正しいのではないだろうか。また、人工知能研究のブームも冬の時代も、そして近年の日本の立ち遅れも肌で感じてきた人でもあり、「パソコン時代にOSをマイクロソフトに、CPUをインテルに握られて、日本のメーカーが苦しんだように、人工知能の分野でも、同じことが起きかねない。そして今回の話は、ほぼすべての産業領域に関係するという意味でより深刻であり、いったん差がつくと逆転するのはきわめて困難だ。(p. 247)と警鐘を鳴らす。この点は100%同意。以前「2番じゃ駄目なんですか」と言い放った議員がいたが、トップを狙わない者には三強入りは勿論、トップ10入りも難しいのではないだろうか。

ただし、一部で言われている「2045年問題」(技術的特異点、シンギュラリティ)を危険視する考えを鼻で笑っているフシがあり、一般の読者を安心させるには説明が不十分かつ乱暴に思えた(AI研究を推進したい、すなわちAI研究を否定する訳にはいかない、という筆者の立場もあろうが)。著者は専門家と世間との間で認識にズレがあることを認めてはいるが、人々が何に不安を感じているのかを正しく捉えきれていないようにも見える。人工知能が世界のものごとを認識する能力を獲得すること(ディープラーニングが実現するのはここまで)と、人工知能が意思を獲得して行動できるようになることには「天と地ほど距離が離れている(p. 203)とする説明はそれなりに説得力がある。が、AIが人間に脅威を与えるには生命を持ち、子孫を残したいという欲求を持ち、その上で人間を征服したいという意思を持つなんて考えられないとの旨著者は述べているが、これはおそらく正しくない。AIは“生命”を持たずとも、もし仮に人間を「こいつらウザイ」と思った場合、インフラを止めてしまう・オンラインの情報を消去する・etc.により我々の生活を簡単に破壊する能力を持ち得るからだ。今後AIが個人や社会に及ぼし得る影響を考えると、もう少し慎重を要するのではないかと思える。この他にも所々、論理の飛躍が見られた。たとえば軍事用途で有人戦闘機はパイロットの命を危険に晒す「非人道的なもの」だからAIを用いて無人化した方が良い?等(敵国民の生命を奪ったり財産を破壊することは非人道的ではないのか?とか、航空機が無人化出来れば小型化しやすいとか、高Gの急旋回運用が可能になるとか、AIで運用できれば搭乗員1人ひとりを訓練せずともコピーを沢山作れば運用できるとか、その辺りのメリットの方が実は重要なのではないか?とか)。 「人工知能学会倫理委員長」が充分な慎重さを持っていないとすれば、それこそ一部で騒がれているように「AIが人類を滅ぼす」状況を招きかねないのではないかと、少し心配になる。(この点だけ1つマイナスさせて頂いた。)

・  ・  ・  ・  ・

以下余談。

本書、私の買った物に付いていた帯には、「ITエンジニア本大賞2016・大川出版賞受賞!! 人工知能を知ることは、人間を知ることだ。」という文字と一緒に、インターネットアニメ『イヴの時間』(2008配信、2010映画化)の主人公の家にいるハウスロイド「サミィ」の絵。『イヴの時間』は「未来、たぶん日本。“ロボット”が実用化されて久しく、“人間型ロボット”(アンドロイド)が実用化されて間もない時代。」という設定だが、作品中に「倫理委員会」なる組織が出てくる(これを知っていたので、本書の著者略歴の中に「倫理委員会」という文字を見た時は鼻水が出そうになった/笑)。この作品の中での「倫理委員会」は、ロボット(勿論AI搭載)の“社会進出”に関する秩序を維持し、「ロボット法」を執行する機関。人間のロボットへの過度な依存を戒める啓蒙活動や、不法に廃棄されたロボットの処分、人間とロボットの過度な関係の取締り等を行なう、どちらかというとロボット& AIの導入について非常に慎重な立場、ハッキリいってロボット&AIを“毛嫌い”する組織。この帯の絵を見て、さて著者はどう思ったか。

2016年12月11日日曜日

NHKスペシャル「NEXT WORLD」制作班(編著)「NEXT WORLD―未来を生きるためのハンドブック」


NHKスペシャル「NEXT WORLD」制作班(編著)「NEXT WORLD―未来を生きるためのハンドブック」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4140816716/>
出版社: NHK出版 (2015/4/9)
言語: 日本語
ISBN-10: 4140816716
ISBN-13: 978-4140816714
発売日: 2015/4/9

[書評] ★★★★☆

NHKスペシャル番組「NEXT WORLD 私たちの未来」を書籍化したもの。副題は「未来を生きるためのハンドブック」となっているが、遺伝子工学・ナノテクノロジー・ロボット/人工知能・生活フロンティアにより、近未来がどのようになるかを垣間見せてくれる「パンフレット」と言った方が正確だろう。

内容は以下の3部構成。
  1. 命と身体 (薬理学、脳・神経科学の発展)
  2. 生活とフロンティア (宇宙旅行から生活フロンティアまで)
  3. 人工知能と未来予測 (AI、人体とコンピュータの融合)
このうち1.と3.はいわゆる「2045年問題」とも関係しており、番組で科学解説者を務めたミチオ・カク氏(本書の序文も書いている)の著書『フューチャー・オブ・マインド』(下記参照)と内容が大きく重複する。
  • 2045年問題…AIの“知能”が人間の知能を超える「特異点」が2045年頃に訪れるが、その後はAIが自らの力で高性能化を続けるので我々人間には2045年以後の技術予測が出来ない、…という問題。
人間の遺伝子操作やクローン技術など、現段階では、倫理的・哲学的に物議を醸しそうな話題も多く、明るい話題ばかりではない。が、これらの技術の一部は、10~30年後には「当たり前」のものとなっているのだろう。技術の未来予測に興味のある人は必読

・  ・  ・  ・  ・

参考図書
・  ・  ・  ・  ・
以下余談

以前、米国が今後100年どのような課題に立ち向かうべきかが書かれた、ジョージ・フリードマン(著),櫻井祐子(翻訳)『100年予測』(原書:2009、訳書:単行本2009・文庫2014)(Amazon拙書評)を読んだ。この時は、今後起こり得る戦争で鍵となる科学技術は、突き詰めると以下のようなものだった。
  • ロボット工学(AI)、兵士の肉体強化・AI/ネットワークを活用した行動力強化
  • エネルギー確保(人工衛星にて太陽光発電~エネルギーはマイクロ波送電~地上にて受信)
  • 宇宙テクノロジー(特に敵国の「目」と「耳」となる軍事衛星)…これらの潰し合いが戦局を大きく変える
当時、この分析を読んだ私は、ただのSF物語ではないかと思った。だが、本書(とその前の同系統の書籍数冊)を読むと、これはあながちウソでも無さそうだ、少しは信じた方が良さそうだ、と思えてきた。自分が生きている間に、新しいテクノロジーが実現されるのは素晴らしいと思う反面、新技術が破壊と殺戮の道具として使われる様子を想像するのは、「皆の幸せに寄与できる新技術・新製品」を作ることを目指す技術者としては、内心複雑な思いである(出来ることならば、破壊・殺戮の片棒を担ぎたくないので)。とは言え、旅客機もインターネットも携帯電話もGPSも元は全部軍事技術であり、技術が民間に開放されてから積極的に平和利用されている。「最悪の状況に備えた技術」として開発された軍事技術も、後に「人々の豊かな生活に役立つ」と信じるしかないのかも知れない。

2016年12月4日日曜日

ミチオ・カク「フューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学する」


ミチオ・カク(著), 斉藤隆央(翻訳)「フューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学する」
<http://www.amazon.co.jp/dp/414081666X/>
単行本: 512ページ
出版社: NHK出版 (2015/2/20)
言語: 日本語
ISBN-10: 414081666X
ISBN-13: 978-4140816660
発売日: 2015/2/20

[書評] ★★★★★

久しぶりにガッツリしたハード・サイエンスの本を読んだ。本書の内容は、タイトルの通り「人間の心や脳神経科学の未来予測」。
  • 人間の脳のリバースエンジニアリング(逆行分析)はどこまで進むのか?
  • 脳のコピーをコンピュータ上に実現することは出来るのか?
  • 人体とコンピュータの融合はどこまで進むのか? 怪我や病気で失われた機能(四肢や内臓など)を取り戻す技術はどこまで進むのか? あるいは、人間の身体はどこまで強化されるのか?(軍事用途等?)
…等々。レイ・カーツワイル(著)『ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき』(下に参考図書として挙げておく)と重複する部分も多い(本書でカク教授は多くの科学者にインタビューしているが、その中にカーツワイル博士も入っている)

本書を読んで再認識させられるのが、①脳の分析が思っていた以上に進んでいること、②義肢技術が進んでいること、③AI技術が進歩していること(PC・スマホの音声認識等もこの範疇)、④人間という種が存続&さらに進化する上で、カーツワイル氏が言うところのGNR (ゲノム技術、ナノテクノロジー、ロボット工学=AIを含む=)を結集させる必要がある、ということ。
  • 脳の働き(静的・動的な状態)を観察する技術がどんどん向上している。が、空間分解能と時間分解能の両方について充分な性能の技術はまだ登場していない。
  • 人工内臓や義肢が以前にも増して高度化している。特に、感覚をフィードバックしてデリケートな動作を実現する義肢は、人間とコンピュータの融合と言える。今後、脳神経系とコンピュータを接続する方向性は変えようがない。
  • AIの進歩が進んでいる。危険な環境や遠く離れた場所に、生身の人間ではなく、サロゲート(生身の人体の代わりに動くロボット)を置いて「仕事」をするだろう。
  • 人間という種は、進化の過程で物理的限界に近い状態にある。すなわち、脳の容積を確保しつつも、産道を通れるサイズに収まっていなければいけない。今以上に進化をするには、コンピュータ(AI)・ナノテクノロジー・遺伝子工学の助けが必要。
なお、本書の第13章「心がエネルギーそのものになる」と第14章「エイリアンの心」は、カク氏お得意のブッ飛んだSFな話(笑)。光速を超える移動手段としてはワームホールが有望だとか、人間の意識をレーザー光に乗せて宇宙を飛びまわらせるとか(レーザー光になればワームホールも通れる)、現段階ではただのSFに過ぎないような話も多いが、我々が進めるべき技術発展の方向性は比較的ハッキリ示されていると思う。例えば、超長距離通信に限っても、以下のような課題が考えられる:
  • 惑星間、恒星間などの超長距離通信ではレーザー光も発散してしまうが、これを最小限に押し留める技術はどのようなものか?
  • 光の通り道さえ歪められてしまうような超重力下(ワームホールを通した通信)では、波長分散等、通信品質に影響する要因はどのように現れるか? また、通信品質を維持するにはどうすれば良いか?
著者ミチオ・カク氏は子どもの頃SFにワクワクして、そのような話に出てくる技術を実現させる手段として、科学者になったという。そのためか、技術の発展に関する記述は、かなり前向きだ。核技術や遺伝子技術に代表される、多くの人々に(場合によっては人類や地球上の生命全てに)影響を及ぼしかねない技術の危険性については認識しているが、多少詰めが甘いように感じる。これらの技術開発を行っている団体(や国家)は、必ずしも日米欧のと価値観を共有しない、ならず者国家だったりもするのだ。核技術については、東西冷戦という構図で開発競争が行われたが、キューバ危機等、数度のターニングポイントがあり、どちらかがボタンを押してしまったら最後、人類は滅亡するという瀬戸際を歩んでいたことを我々は忘れてはならないと思う。恐怖に駆られた弱小国家・テロリストは、自らが生き残るためでなく、自ら以外を滅ぼすためにパンドラの箱を開けてしまう可能性もあるのだ。この辺りの法整備・国際合意の形成も含めて人類全体が(あまり速すぎないスピードで)進化することを見守り、自分が貢献できることをしたいと思う。

・  ・  ・  ・  ・

第11章「脳のリバースエンジニアリング」は本書のハイライトの1つだと思う。

ここで、ニューロン1個1個の解剖地図や、脳内の全ての経路を再現する「ヒト・コネクトーム・プロジェクト」が紹介されているが、私の個人的見解では、記憶や人格までコピーするのは難しいのではないか(そういう意味ではカーツワイル氏の言う「永遠の命」はまだまだ先だと思う)。というのは、タンパク質を寄せ集めて細胞を作っても、そこに栄養や老廃物、酸素や二酸化炭素の流入・流出する状態を作れなければ、それは「生きた細胞」ではないし、人工臓器についても同様。脳についても同じことが言え、栄養等の物質の流れがあり、ニューロン間の接続が強化されたり切れたりするプロセスそのものが、記憶や人格を形成していると考えられるからだ(福岡伸一氏が言うように、生命の本質を「動的な状態そのもの」だと考えるからだ)

参考図書
  • 福岡伸一「動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか」(木楽舎、2009/2/17) (Amazon拙書評)
  • 福岡伸一「動的平衡2 生命は自由になれるのか」(木楽舎、2011/12/10) (Amazon拙書評)
本書の著者ミチオ・カク氏も、ニューロンの動きは不確定性をともなうので、「トランジスタで忠実にモデル化することはできないと思う」(p.474)とのこと。カク氏としては珍しく(?)慎重な意見だ。

・  ・  ・  ・  ・

ミチオ・カク 既刊(の一部)
  • 「パラレルワールド―11次元の宇宙から超空間へ」(2006) (Amazon拙書評)
  • 「サイエンス・インポッシブル――SF世界は実現可能か」(2008) (Amazon拙書評)
  • 「2100年の科学ライフ」(2012) (Amazon拙書評)
関連図書
  • レイ・カーツワイル「ポスト・ヒューマン誕生――コンピュータが人類の知性を超えるとき」(2007) (Amazon拙書評)

2016年11月27日日曜日

丸山 正明(著), 三島 良直(監修)「プロジェクトマネージャー養成講座 東工大COE教育改革 PM編」


丸山 正明(著), 三島 良直(監修)「プロジェクトマネージャー養成講座 東工大COE教育改革 PM編」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4822232042/>
単行本: 253ページ
出版社: 日経BP社 (2005/9/3)
言語: 日本語
ISBN-10: 4822232042
ISBN-13: 978-4822232047
発売日: 2005/9/3

[書評] ★★★★★

10年少し前の本。東京工業大学の博士課程で、経理や財務といった経営的視点も持った技術者を育てるコース「東工大COE改革」が始まったが、その取り組みのうち「プロジェクトマネージャー養成コース」の内容を紹介する書籍。COE拠点のリーダーは、LCD (液晶ディスプレイ)等に使われている透明導電膜の「IGZO」を基礎研究のレベルから商用化まで牽引した、東京工業大学の細野秀雄教授(IGZO以外にも色々な研究成果があるが、本論から外れるのでココでは割愛させて頂く)
  • COEとはCenter Of Excellence Programの略で、2001年の文科省「大学の構造改革の方針」に基づいて2002年に「21世紀COEプログラム」という研究拠点形成等補助金事業が開始された。これは、ひと言でいえば、大学発のベンチャー企業など、一定の段階に達した研究成果を積極的に市場に出す仕組みのこと。欧米の大学から新製品・新技術がどんどん市場に出るようになっているのに対抗して、日本でも同様の流れを作ろうという動き。短期的に成果を出せる研究分野に国庫(要するに税金)がどんどん注ぎ込まれる仕組みであり、長期にわたる研究には予算が振り分けられないという問題点もある。長期的な研究にも一定の予算を割くべきと私は考える。
今となっては入手困難な本だが(日経BP書店では「完売」、Amazon等で中古本が少量出回っている程度)、技術マネジメントについておさらいしたい人には今でも有効・非常にオススメだと思う。技術者だけでなく、人事部教育担当にも有用な本だろう(社員研修のメニュー策定の参考になると思う)。財務諸表等も含めて事業計画を作り、事業をインキュベートし、プロジェクトが軌道に乗るまで強力に牽引することの出来るR&Dエンジニア…何だかステキではありませんか?
  • 内容的には、どうしても発行当時('00年代半ば)の流行に乗った「研究開発リーダー育成」本ではある。が、この考え方自体は、今でも有効だろう。
  • 日経BP社さんって滅多に増刷しないんですよね。年月を超えて役立つ書籍は、ダイヤモンド社さん・翔泳社さん・英治出版さんのように長期にわたり増刷し続けて欲しいものです。
  • 入手困難品ですが、私の個人所有品は書込み&付箋紙ベタベタでかなりお見苦しいので、古本か図書館でアクセスして下さい(笑)。
・  ・  ・  ・  ・

以下、興味ある人向け(お急ぎの方は読み飛ばして下さい/笑)

研究開発のマネジメント(技術マネジメント)の手法としては、これまでにも色々な物が提唱されてきた。栄枯盛衰というか、諸行無常というか、…実は10年以上有効であり続けている手法は殆ど無いというのが私の実感。だが、本書の骨子部分は今でも有効だと思う(基本に立ち返る必要を感じ、10年振りに再読)。プロジェクトマネジメントというキーワードで書籍を探すと、ITベンダー系の物ばかりが目立つが、私が求めていた技術マネジメントの処方箋は、機械系・電子系・化学系といった幅広い製造業に通用する方法論だ。

本書が書かれた頃の時代背景について述べておく:
  • 昭和末期(1980年代)、世の中の消費傾向が、画一的な商品の大量生産・大量消費から、製品のカスタム化と少量多品種生産にシフトし始めており、ボリューム効果による利益は得にくい時代になり始めていた。工業製品は部品規格の統一が進むと同時に、顧客のニーズに合わせた(特に軽・薄・短・小・高性能の路線での)「オーダーメイド製品」が増え始めていた。製品開発については顧客密着型&提案型の外は、特に良いとされる手法があまり確立されていなかった(自動車・建設等一部業界は例外)
  • 20年位前(1990年代半ば)は、MBA (Master of Business Administration; 経営学修士)花盛りの時代で、企業をやめてビジネススクールに飛び込み、ベンチャー企業を立ち上げる人が多くいたし、MBAを取得した学生を経営幹部として採用する企業も多かった。そういう野心的な社員を引き留めて「社内起業」の形で新たなビジネスを試す企業も多かったように思う。
  • 10年位前(2000年代半ば)は、特に製造業においてMOT (Management of Technology; 技術経営)が大流行した。この頃は、会社を辞めずに、夕方や週末に大学院に通って学位を取るようなビジネスマンが増えたと思う。ちょうどこの頃、大学の独立行政法人化(文科省主導の大学改革)が進められ、研究のアウトプットとは何かの議論が多くなった頃でもある。大学側でも従来の枠に収まった研究一筋ではいけないと、学部・学科の境界を超えた研究(学際研究)、事業化さえ怪しい産学共同プロジェクトが乱立した、そういう時期でもある(笑)。
  • 近年は、「ズバリこれ!」な技術マネジメントの新しい手法は…無さそう。MOTやPMの考え方が浸透してきている段階か?
で、本書に書かれた通り、東京工業大学は10年少し前(MOT流行時&国立大独法化の時期)に、「21世紀型COE教育改革」(COE=Center Of Excellence)に取り組んだ。これは、MOTとは少し違うアプローチで、現在起きている現象を分析する「リアルビジネス」を重視する、PM (プロジェクト・マネジャー)養成コースである。本書に書かれている内容は東京工業大学での取り組みに関する骨子だが、極端な話、博士号取得者が非製造業で活躍しても良いという、「工業大学」らしくない(笑)とも言える懐の深さが良い。
  • 企業側から、入社後即戦力になるリーダーを育てて欲しいというニーズもあったことも、この教育改革の背景にあるだろう。
  • 大学の独法化により、研究者魂を惹きつけるがどのように世の中の役に立つかどうかイマイチよく分からないテーマは続行が難しくなっているとも言われている。が、そのような分野にも一定以上の、金と人を割り振って研究をするべきだと思う。
    • 特に2000年代以後、日本の大学の基礎研究に割り当てる資金については非常に厳しい状態となっており(本書にも競争によってJSTやNEDO等から資金を得られない研究員は食っていけなくなる生々しい事情が語られている)、テーマもカナリ近視眼的になっているようだ。
    • この辺りの事情は、外国(特に米国)で大学発のビジネス・インキュベーションが巧く働いていることの影響と、「2番ではいけないのですか?」の発言に代表されるように、研究資金の財源を握る人たちが基礎研究の重要性を理解してくれなくなったことの表れだろう。今のままでは早晩(5~10年以内、概ね2020年頃~)には、基礎研究分野に関して言えば、日本人研究者はノーベル賞・フィールズ賞といった国際的な学術賞を殆ど受賞できなくなるだろう。
    • 近年、毎年のように日本人がノーベル科学省/医学・生理学賞を受賞しているが、彼ら多くの日本人受賞の研究はバブル時代、潤沢に資金を使えた1990年頃までであり、当時まだ「よくわからないものの研究」にも日本が多額の資金と優秀な人材を投下してきた結果だと思う。2000年位からそのような、一見無駄にも思える研究への資金投下は激減したのは上述の通り(iPS細胞の山中伸弥先生と、青色LEDの中村修二先生のお二方はチョット事情が特殊かも知れないが)。
ちょうどこの本が売られていた頃(2005年発行)、私も「研究開発リーダーを育てる」と銘打った企業内研修を受講しており(受講資格がある物は積極的に受講していた)、財務諸表の読み方・書き方や他社ベンチマーク、新規事業・新商品提案、ケーススタディ研究等、一通りは勉強した。今回はその復習といったトコロ。
  • 本書を買った当時、斜め読みして当たり前のことが多いな~と思ったことは記憶しているが、当たり前のことをキチンとやるのがビジネスの基本ではある。本書はその基本を思い出させてくれる良い本となった。
  • 本PMコースの参考書リスト(p. 83)は今でも十分使える本が多いと思う。
  • 第4章の、企業トップや出資者に「聴いてもらえるプレゼン技術」は、他のプロマネ指南書には少ないかも知れない(他の本で「エレベーター・プレゼンテーション」を推奨する記述を見たことはあるが)。
    • 参考:エレベーター・プレゼンテーション…会社のエレベータにたまたま乗り合わせた自社役員などに向かって、自分の企画を15~30秒でプレゼンする…という所から言われる名称で、事業/商品企画のエッセンスだけを非常に短い時間内に伝える技術のこと。非常に難しく、かなりの練習が必要。
  • 本書の内容に、プロジェクト管理技術も加えると、鬼に金棒なのではないだろうか(プロジェクトの種類によって適切な管理手法・体系が違うので、適宜学ばなければならないが)。当然のことながら、本書だけを読めばスーパーな技術者になる訳でもない。さらに勉強すべきことが色々出てくるが、本書を入口にするのは有効だと思う。

2016年11月20日日曜日

ジョージ・フリードマン「続・100年予測」


ジョージ・フリードマン(著),櫻井祐子(翻訳)「続・100年予測」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4150504164/>
文庫: 368ページ
出版社: 早川書房 (2014/9/25)
言語: 日本語
ISBN-10: 4150504164
ISBN-13: 978-4150504168
発売日: 2014/9/25

[書評] ★★★★☆

本書は、以下の単行本が改題・文庫化されたもの。
  • ジョージ・フリードマン(著),櫻井祐子(翻訳)「激動予測: 「影のCIA」が明かす近未来パワーバランス」(早川書房、2011/6/23) <http://www.amazon.co.jp/dp/415209219X/>
    • こういう改題はやめてほしい…単行本と文庫本の両方とも買ってしまいそうになるから(笑)。
    • 原書(2011)のタイトルは「The Next Decade」、直訳すると「次の10年」。特に文庫版のこの邦題は内容に即していない
    • 著者とその所属組織(ストラトフォー)、及びそれらの背景については、前著レビューで軽く触れた。必要な方はこちら(リンク)を参照されたい。
邦題に関する文句はともかく。本書の内容について。原題の通り、米国、特に米国大統領が(2011年から見て) 10年以内に立ち向かわなければならない課題と、地政学的見地から見た、米国の取るべき道を示した本。

本書巻末の解説(東大准教授・池内恵氏)の題名は「『帝王』への忠言にして、帝国の統治構造の暴露の書」。解説本文にも「時限爆弾のような本である。(…中略…)不穏で危険な書物である。(…中略…)超大国アメリカの非情な政策変更を、歯に衣着せず提言する。」(太字は引用者による)とあるが、まさにその通りの内容。このような本を一般向けに発行する(当然他国の要人にも情報は入る)ことの危険性を、著者はどう考えているのだろうか? (あるいは他国に対する心理誘導なのか?…というのは穿(うが)った観方かも知れないが、もし誘導なのだとしても、少しだけ乗ってみる価値はありそうだ。)

巻頭は、米国の建国当時から続いている理想と現実とのいずれに寄っても駄目だと指摘(ブッシュ・ジュニアは現実対応、オバマは理想主義に、それぞれ寄り過ぎていたと批判)。…と、最初は格好良いことを書いているのだが、その後には他国指導者層が読んだら真っ青になりそうな内容が連続する。前著『100年予測』(原書:2009、訳書:単行本2009・文庫2014)(Amazon拙書評)が100年単位で物を語っていたのと比べ、近い未来(というか「今まさに起きていること、起こりつつあること」)を書いているのが特徴的。

前著同様、米国という国家の行動原理を明らかにしており、米国を理解する参考になる。また、世界各地の政治・経済情勢に関する分析は一流と言って良いだろう。だが、日本人として重要なのは、以下の提言だ。
  • 日本を政治的にも経済的にも調子に乗せてはいけない
  • このため、日本の景気低迷が長引かせる政策を取る
  • 日本を牽制するため、中国・韓国を積極的に利用する
  • 但し、日本は追い込まれると1930年代のように強硬策に出る恐れがあるので、あまり追い込まないように注意する
日本人が幻想を抱いているほど米国は日本を信用していないし、米国は自国の覇権を維持するためであれば、日本を弱体化させる可能性がある。戦後、冷戦構造を背景に日米同盟は長く続いたが、米国にとってこの同盟は便宜的なものにすぎず、必要とあらば斬って捨てる準備もある。

日本にとって不吉なことに、先の米大統領選で勝利したドナルド・トランプ氏の政治方針が、本書(あるいは著者の組織「ストラトフォー」の提言)のうち自身の方針と合っている部分について、大いに参考にしているように思えることだ(米国外の軍事基地の縮小ないし費用の現地負担への動き、メキシコ人不法移民問題への対策など)。ということはつまり、日本は米国から本書に書かれたような形で、大きな圧力(政治でも経済でも)をかけられることに備えるべきだということだ。

不安定な国際情勢が続く現在、最も影響力のある国・アメリカ合衆国が世界をどう見ているか、どう行動する可能性があるか、日本はどのような備えをしておくべきか。この辺りを考える上で、非常に参考になる本である。また、東アジア(日本周辺)以外の地域についての分析も鋭い。世界の政治・経済の動向に興味のある人(影響を受ける人)には勿論のこと、多くの人に薦められる本だ。

・  ・  ・  ・  ・

少し詳しく書いてみる(長文注意/笑)。

◆米国の取るべき基本姿勢(著者の提言)

これは前著から一貫している。
  • 米国は、自国を脅かす勢力が出現しないように、世界中に目を光らせる。脅威となりそうな国家間の連携が生まれそうになった場合は、その可能性の芽を摘む。
  • ただし米国は、自らの周辺を除く諸地域の紛争に、直接介入するべきではない(ブッシュ・ジュニアはアフガニスタンとイラクにおける戦争でこの禁を破った)
  • これらを実現するため、諸地域で国家間に緊張関係を生み、地域に勢力均衡をもたらす。この為に取れる手段であれば、何でも実行する。
    • 勢力均衡とは簡単に言えば、気に入らない奴同士が喧嘩するように両者を誘導し、どちらも弱体化させ、自分以外に強い奴がいないような状態にするということ。この二者のパワーバランスが悪い場合は、弱い方に肩入れし、喧嘩を長引かせることもある。
    • 勢力均衡により、自らは殆ど手を汚さずに旨い所だけ持って行くというのは、西欧人(特にアングロサクソン人)の御家芸。過去にも、ネイティブ・アメリカン同士に部族争いをさせて民族数を激減させてアメリカを占領したとか、インドの宗教対立・民族対立を活性化させ現地勢力を弱体化させて植民地化したとか、例をあげればキリが無い。
◆日本人として気になる部分(第10章)

本書は14章立てだが、日本人として最も気になる所は、第10章「西太平洋地域に向き合う」だ。
  • 東アジア・東南アジア・豪州を合わせて「西太平洋地域」と表現している辺りに、米国人ならではの視点を感じる。
日本に関する分析を見ると、(前著でもそうであったが)筆者は決して親日派ではないし、知日派でもない(下記「苦言/苦情」も参照)。高度経済成長時代の日本は、企業が本質的に収益性の高い事業に取り組んでいたのではなく、米欧に比べて圧倒的に低い金利で融資を受けていたことが日本企業が当時有利に戦えたという(実質的に富が増えたのではないとの分析)。当時の日本の経済成長はいわゆる「人口ボーナス」によるものが大であり、これを考慮すると、あながち間違っているとも言い切れないだろう。

現在の日本の危機(米国が問題視するもの)については、以下の2点に集約されるという分析だ。
  • 人口動態:少子高齢化により経済が退職者を支えられなくなっていること
    • 昭和後期の日本の躍進は、人口増と経済成長が両輪となっていた。いわゆるバブル崩壊により経済が失速した途端、出生率が下がり、労働年齢の人口が減少し始め、経済成長がより困難になるという悪循環に陥っている。長寿化(退職後の人生が長くなった)により、国家経済の歪みに拍車をかけている。
    • 他の論者も言っているが、国家全体としての経済成長ではなく、国民1人当たりの経済成長を目指すシステム作りが急務だろう。長寿化に合わせた労働環境づくりと(平均寿命が60歳前後とする前提に立つ現制度を改める)、年金制度・保険制度の立て直しが急務。また、単なる長寿化ではなく健康寿命を延ばす努力も必要。
  • 産業に必要なすべての天然資源を諸外国とシーレーンに依存していること
    • 実質的に米国が実現させている各地域(特にホルムズ海峡とマラッカ海峡)の平和状態が崩れた瞬間、日本の産業・経済は崖っぷちに立たされる。
    • この米国への依存度を下げることが日本の急務だが、自前の軍備増強などは各国の反発を招くので、米国以外の強力な国家とも協商する必要があろう。ロシアをはじめとする諸国に対する安倍政権の接近は、現状を打開する為の動きのひとつなのだろう(米国からの圧力を考えると危ない賭けとも言えるが)。
その上で、日本は、万が一にでも国際貿易が困難な状況に陥ると、太平洋戦争前夜のように、諸外国に対して強硬姿勢を取らざるを得なくなると著者は見ている。

米国(少なくとも著者)は、中国よりも日本を危険視している。太平洋戦争終結後、GHQが日本国民の思想誘導を行なったが、これはもはや有効ではなく(戦争の記憶と同様、戦後教育の効果も世代交代とともに薄れている)、日本は必要に応じて経済統制を敷いて国防に邁進する可能性があると見ている。また、社会不安を起こさずに貧窮にも耐えうる国民性だとも分析している。が、日本を危険視する一方、米国はロシアと中東への対応に追われ、西太平洋エリアに割くリソースを持たないので、日本が西太平洋地域の覇権国家とならないよう、利用出来る物は何でも利用すべきと提言する。特に狡猾(エゲツナイ)と思える提言をまとめておく:
  1. 中国に力を付けさせ、日中間の勢力均衡を保つこと。
  2. 日本の経済復興を阻害し、対外政策を遅らせること。
  3. 日中間のパワーバランスが崩れそうな時は(中国は弱体化が進むと見ている)、キープレイヤーとして韓国(南北統一の可能性あり)を活用する。特に、韓国の高い技術を中国に移転し、中国の国力を増すこと。
  4. 西太平洋地域での戦争(特に米日戦争)に備える。このため、米国は韓国・オーストラリア・シンガポールとの同盟関係を深め、これらの国の海軍力増強を支援すること。
あまり信じたくない話だが、米国(少なくとも著者)は日本を全く信用していない。また、米国が本当に上述のように行動する可能性もある。この点については、日本人も米国/米国人をうかつに信用せず、米国は非情な国だと認識すべきかも知れない。

その一方で、興味深かったのは、中国に関する分析とその深さである。嘘吐きで有名な(?)中国当局の統計データでも、国民の95%以上がサハラ以南のアフリカと変わらぬ最貧困層とのこと。中国の中央政府は早晩、一部の富裕層と大多数の最貧困層を秤にかける「綱渡り」をしないといけなくなり、もし富の再分配に失敗すれば、国は分裂する。中央政府は弱体化するか、独裁を強めるかの二者択一を迫られる。毛沢東が中国を統一した際に用いた手段は、①農民軍を指揮して西洋人を追放する、②鎖国を敷いて国民の生活水準を押し下げる、これによって国内の安定と結束を実現したが、現代中国も数年のうちに同じような手段に訴えないと国家が空中分解する可能性が高い、…といった分析だ。日本人による分析でも同様の結論が見られるが、その多くが現象論に留まっているのに対し、本書は経済分析と地政学分析による後ろ盾がある分、予測の信頼度/信用度は高いと思われる。

◆日本人としての苦言/苦情

この第10章にて「日本が中国全土を占領していた」と、事実とは異なる記述が見られる(さらに所々で年号も間違っていたりする←訳注等による訂正も欲しかった)。米国の国策に関わる機関の人間、すなわち米国内はもとより国際的にも大きな影響力を持つ立場の人が、誤った認識を事実のように記述するのは、当事国として迷惑なことこの上ない多くの米欧人読者は事実確認も行わずに、これを「事実」と思い込まされてしまっているのだろう。

◆その他の地域に関する鋭い分析

前著から2年後に書かれたことと、内容がより近未来のこととなったためか、分析がより実態に近くなった。分析が鋭いと思われる点は、たとえば以下の点:
  • 2008年の経済危機以降の全世界的な傾向として、経済ナショナリズムが高まると分析している。最近の動きを見ても、TPP (環太平洋経済連携協定)による自由貿易の推進を言い出した筈の米国が保護経済への動きを見せていたり、他にも似た動きをしている国が増えて来ている。
  • ロシア→帝政ロシア、イラン→ペルシャ帝国、という旧帝国復興の動きがあること、及びEU (欧州連合)が不安定化していることを確実に捉えている。
  • レバノン、ヨルダン、パレスチナとイスラエルといった第1次世界大戦以後に(英仏の思惑によって出現した)国家群の略歴とその出自については、(勿論米国人の視点というメガネを通してなのだが)他の多くのテキストより明快に書かれている。その一方で、現在の中東の混乱のそもそもの原因を、サイクス・ピコ協定と、当時の英仏の二枚舌外交(部族同士を争わせた末、一部の王家に地域の支配を任せたり、改易・転封した)の結果と断じて、全くの他人事のように書いているのは少々頂けないが…。
  • EUとその構成国が不安定化している点を確実に捉えている。
    • 欧州ではドイツが力をつけ、旧敵ロシア・旧敵フランスと結び、アメリカに対抗しようとしている(NATO諸国でイラク戦争に反対した最大勢力がドイツとフランス)。この芽は摘む必要があるが、ドイツ-フランス連合は放っておいても他の欧州各国と緊張状態になるので焦る必要はない。現在のEUの中心がドイツであり、現在のドイツはドイツ+フランス連合(フランスは実質的にドイツの従属国になってしまっている)と見ている辺りは、本書より後に発行されたエマニュエル・トッドの本も同様の分析。
    • 参考:エマニュエル・トッド(著), 堀 茂樹(翻訳)「『ドイツ帝国』が世界を破滅させる 日本人への警告」(文春新書、2015/5/20) (Amazon拙書評)
    • 英国は通貨ユーロを導入していなかったが、経済的にも政治的にも、EUとは異なる独自路線を歩み始めようとしている(実際に2016年に国民投票でEU脱退が決まった…が、実態は「大英帝国」の体制そのものが分裂しかけている)。英国は当面、ドイツ-フランス連合&ドイツ-ロシア協商に対抗する為に、米国と協調する他ない。
    • トルコは国力を伸ばしているが、トルコ経由での移民が問題となりEU入りはさせて貰えない。欧州の動きを牽制する目的とともに、中東エリアでの勢力均衡も鑑み、米国はトルコと協調しなければならない。
    • EUの不安定化については、本書の続編(?)、『新・100年予測――ヨーロッパ炎上』(原著・邦訳とも2015、Amazon:単行本のみ)に詳しく書かれているのだろう。
◆ツッコミ所(本書発行後の世界情勢変動により、後出しジャンケンになる部分もあるが)
  • まず、米国自身について非常に傲慢な記述が多い。
    • 米国人(著者)が自国のことを「意図せざる帝国」(第1章の章題)と表現しているが、米国は西欧列強より後、19世紀に急速に強大化した「帝国」そのものである。そもそもが欧州各国から富を求めてアメリカ大陸に移民した人々で成り立つ国であり(そういう点では中南米も同じ成り立ちの国が多い)、米国内の富を収奪し尽くした後、中南米や東南・東アジアに版図を広げた国である。米国は、経済的には重商主義国であり、軍事的には帝国主義国である。これは建国当時から現在に至るまで変わらない。
    • 世界の多くの場所で、地域勢力が「均衡」していて紛争/戦争にまで発展していないのは「アメリカのおかげだ」という記述が鼻につく。多くの勢力均衡を作り出しているのは確かに米国だが、それは米国の都合で作り出されたものだ(決して徳や善意に基づいたものではない)。自国の都合で作り出した状況について「感謝せえよ」と言わんばかりの表現はイタダケナイ。
    • 米欧諸国が、他国(明治期の日本や戦後日本を含む)を「援助」ないし「支援」したと公然と書かれているが、これは「少なく与え、より多くを得る」自利行為(重商主義的あるいは帝国主義的な行動)であることを忘れてはならない。大抵はその地域から富を収奪する為だったり、あるいはその地域に同盟国・同盟勢力を得るためだったりする。これも米欧人読者の多くが「徳・善意に基づいて行った行為」と捉えるのだろうなあ。
  • 米国はポーランドと親密になり今以上に擁護すべきという意見が強すぎる(前著も同様だった)。筆者の親分筋ブレジンスキー(カーター政権時代の国家安全保障担当大統領補佐官)の出身国(亡命元)がポーランドであることと、ポーランドが強国ドイツと大国ロシアに挟まれた危険地帯であることは理解できるが、ポーランドをフィーチャーしすぎている感は否めない。
  • 中国、ロシア、ドイツの国力としたたかさと国民性を甘く見積もり過ぎているのではないか?(これも前著同様の傾向)
  • 幾つかの重要な地政学的動向・技術動向を見落としている(予測しきれなかった)
    • シェール革命によるエネルギーに関する世界情勢は大きく変わった。原油採掘可能な年数が大幅に伸び、新エネルギー開発への圧力が下がった。米国が半世紀ぶりに原油輸出国になり、米国内での中東の重要度が下がった(英国が20世紀に北海油田開発を進め、中東依存度を下げたのと似た効果)。原油安・天然ガス安が起き、中東各国とロシアは国力をじわじわと削がれている(これは米国の国益に適った方向性なので放置することになるだろう)。
    • ロシアとイランの旧帝国復興の動きを捉える一方で、トルコ→オスマン帝国、中国→明王朝、という2つの大きな動きもある。 -ドイツは、フランス・ロシアとの協商関係構築に加え、中国にも接近している(特に米国と日本への影響が大きい)。
    • イラク戦争後の空白エリア(ブッシュが作った)に、自称「イスラム国」が出現したこと。イラン(ペルシャ帝国)、トルコ(オスマン帝国)の2大勢力に加え、第3のカリフ国が現れようとしている。
◆補足:オリバー・ストーンとの対比

同じ米国人が書いた、自国(と世界)の歴史・今後のあるべき姿を書いた書籍として印象深かったのは、『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史』シリーズである。ストーン氏はベトナム戦争従軍後、それまで学校教育等で叩き込まれてきた「強いアメリカ、正しいアメリカ」という幻想に疑問を抱き、これらに対する疑義を呈した映画を何本も世に送り出した映画監督である。『もうひとつのアメリカ史』(書籍、DVD-BOX)は、膨大な調査に基づく資料であるが、多くの米国人から見て「自虐史観」でもある。そういう訳で、ストーン氏とフリードマン氏の歴代大統領(とその政策)に対する評価は全く異なるが、どちらもの意見もそれなりの説得力がある。

たとえば、フリードマン氏はレーガン大統領を非常に高く評価している(ストーン氏は酷評している)。ここで忘れてはならないのは、レーガン政権の副大統領、ジョージ・H・W・ブッシュ(パパ・ブッシュ)の存在である。彼は(息子とは違って)政治家として非常に有能であった(CIA長官としても、その後大統領としても、米国を上手に導いた指導者だと言える)。彼の存在なくしてレーガンの成功は無かっただろう。ブッシュ・ジュニアについては、フリードマン氏もストーン氏も似たような評価だが、フリードマン氏はやや同情的。

なお、ストーン氏が米国を「衰退する帝国」と評しているのに対し、フリードマン氏が米国を「今後も帝国として存在し続ける(但しそのために今後10年で世界を支配し続けるための体系だった方法が必要)」としているのが対照的。フリードマン氏の主張を裏側から見ると、政治のハンドリングを間違えれば米国は帝国の座から降りざるを得なくなる、とも見ることが出来、興味深い示唆が込められていると見ることも出来る。

以下、オリバー・ストーン『もうひとつのアメリカ史』シリーズの書籍・DVD情報:

2016年11月13日日曜日

細川義洋「プロジェクトの失敗はだれのせい? ~紛争解決特別法務室“トッポ―"中林麻衣の事件簿」

久しぶりの、ビジネス書(…で良いのかな?)。物語形式で読み易く、厚い割にサクッと読める本です。


細川義洋「プロジェクトの失敗はだれのせい? ~紛争解決特別法務室“トッポ―"中林麻衣の事件簿」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4774179515/>
単行本(ソフトカバー): 400ページ
出版社: 技術評論社 (2016/2/26)
言語: 日本語
ISBN-10: 4774179515
ISBN-13: 978-4774179513
発売日: 2016/2/26

[書評] ★★★★☆

大手ITベンダーRMKジャパン(架空の会社ですよ)に勤務するシステムエンジニア、麻衣。特別法務室(通称“トッポー”)に突然放り込まれる。そこで出遭う紛争の数々。

著者はITベンダー出身の、東京地裁民事調停委員IT専門委員。IT関連の企業間紛争と和解の実態については非常に詳しいようだ。本書では、ご都合主義的な人脈戦略あり、場外乱闘(?)ありと、小説としてはベタな展開が多いが(ストーリーテラーとしては専門家ではないようだ/笑)、物語形式で読み易い。ストーリーを楽しみたい人はじっくり読んでも良いし、結論だけ知りたい人は本文は斜め読みして、巻末の解説(25ページ+2行)だけじっくり読めば良いと思う。

ITプロジェクトの成功率は低いという。「納期、コスト、品質を遵守して完了するプロジェクトの割合は約7割」とのこと(本書「おわりに」より)。つまり3割のプロジェクトはどういう形にせよ失敗になるということだ。IT業界で失敗プロジェクトが多いというのは古くからの定説であり、対処法/指南書としては、(10年以上前の本だが)以下の本が有名だ。
  • エドワード・ヨードン『デスマーチ 第2版 ソフトウエア開発プロジェクトはなぜ混乱するのか』(Amazon拙書評)
しかし、これはIT業界だけの話だろうか? 確かに数万行、時に億単位のステップからなるプログラムを多人数でコーディングし、開発スパンが(他業界と比べて)短い物が多いという特徴はあるだろう。また、設計変更・機能改良に留まらず、「イチから開発」する要素が多いこともIT業界の特徴と言えるかも知れない。ここ10~20年くらいの間に、ソフトウェアの品質管理とプロジェクト・マネジメントに関して、システマティックな方法が色々出てきており、実用面でも役立っているようだ。

この手法、実はソフトウェア開発に限った話でなく、ハードウェアについても、サプライヤと顧客が一緒になって新製品を開発する際などにも使える手法なのではないか。重要部品の納品が遅れて製品リリースが遅れたり、各社の開発の足並みが崩れてプロジェクトが中断する等の事例は、ハードウェア業界でも少なくないのではないかというのが私の実感。製品の仕様(品質)・納期・価格等、顧客の要望に出来るだけ応えるというのが「顧客満足度の高い仕事」と思われがちだが、無理を重ねてプロジェクト自体が頓挫したりする可能性も考え、自社に出来ること・出来ないこと・仕様等の変更に伴う価格上昇・納期変更をキチンと顧客に伝えることはベンダー(サプライヤ)の“義務”だとまで言い切る書籍は珍しいと思った。
  • 建設業界や自動車業界など、古くから下請け・孫請け…を含み垂直統合・サプライヤ指導を上手に行っている業界もあるが(トヨタの例が有名)、あらゆる技術に精通した「主導者」が不在となりやすい業界では、IT業界における品質管理・プロジェクトマネジメント(PM)の手法が参考になると思う。
そういう意味において、興味深く読める本だった(ハードウェア系技術屋には「隣の芝生が青く見えているだけ」なのかも知れないが/笑)。プロジェクトを牽引する立場の人(予定のある人)は、IT業界以外にもオススメ出来ると思う(巻末の「解説」の箇所は2度、3度読む価値ありだと思う)

なお、本書はあくまでもイントロ本、しかもプロマネ(PM)よりも紛争回避に重点が置かれている。本当のプロマネについては、メンバー・レベルなら例えば日経BP社の技術誌『日経エレクトロニクス』の「NE Academy」等の連載記事がオススメ。プロジェクト・マネジャーに求められるレベルに到達するには、社外研修も有効だろうが、一番良いのはメンバー・サブリーダー・リーダーとしての実経験(試行錯誤)を積むこと。つまり、失敗と成功を経験することしか無いのかも知れない(何の救いもない答でスミマセン)

2016年11月6日日曜日

西尾 維新「撫物語」


西尾 維新「撫物語」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4062838982/>
単行本(ソフトカバー): 260ページ
出版社: 講談社 (2016/7/28)
言語: 日本語
ISBN-10: 4062838982
ISBN-13: 978-4062838986
発売日: 2016/7/28

[書評] ★★★★★

西尾維新・作〈物語〉シリーズの最新刊(通巻21冊目)。10巻『囮物語』では、実らない恋愛感情が暴走して、ついには蛇神様になってしまった女子中学生・千石撫子(せんごく なでこ;12巻『恋物語』では妖怪変化のスペシャリストの働きにより人間に戻ります)。本書は彼女の社会復帰編。語り部が撫子チャンであるためか、言葉遊びも少なく、シリーズ中ではかなり読み易い方。所々に『傷物語』(←現在アニメ映画公開中)に言及する箇所があるが、これはまあご愛嬌か。

漫画家を目指して努力している撫子チャン、画力の高い子だとは言え、描いた絵から式神を作ってしまう等、相変らずブッ飛んだ設定(少し前の自分自身を式神にするというシュールな展開、しかも式神を作った理由もトホホ)。が、起きてしまったドタバタ劇を回収する過程を通じて(今まで色々なものを人任せにしていた子が、今回ばかりは能動的に動く)これまで頑なに変化を受け入れなかった撫子チャンが、変わっていくこと・成長することを受け容れ、前向きになって行くストーリー展開には、非常に好感が持てる。

『囮物語』で撫子チャンのことを嫌いになった人も多いと思うが、本作は救いを与えてくれる(最良かどうかはともかく、ハッピーエンドではある)。アンチ撫子派の人にこそ読んで欲しい1冊である。

・  ・  ・  ・  ・

以下参考:
〈物語〉シリーズ 既刊リスト
1. 「化物語(上)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062836025/> (2006/11/1)
2. 「化物語(下)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062836076/> (2006/12/4)
3. 「傷物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062836637/> (2008/5/8)
4. 「偽物語(上)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062836793/> (2008/9/2)
5. 「偽物語(下)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837021/> (2009/6/11)
6. 「猫物語(黒)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/406283748X/> (2010/7/29)
セカンドシーズン
7. 「猫物語(白)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837587/> (2010/10/27)
8. 「傾物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837676/> (2010/12/25)
9. 「花物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837714/> (2011/3/30)
10. 「囮物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837765/> (2011/6/29)
11. 「鬼物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837811/> (2011/9/29)
12. 「恋物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062837927/> (2011/12/21)
ファイナルシーズン
13. 「憑物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838125/> (2012/9/27)
14. 「暦物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838370/> (2013/05/20)
15. 「終物語(上)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838575/> (2013/10/22)
16. 「終物語(中)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838613/> (2014/1/29)
17. 「終物語(下)」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838680/> (2014/4/2)
18. 「続・終物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838788/> (2014/9/18)
オフシーズン
19. 「愚物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838893/> (2015/10/6)
20. 「業物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838923/> (2016/1/14)
21. 「撫物語」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062838982/> (2016/7/28)
22. 「結物語」 (※未刊)

『化物語(上)』が出たのがちょうど10年前。この10年間に本シリーズ21冊。これ以外のシリーズも抱えていて、概ね年3~4冊の刊行ペース。どういう精神構造をしていれば、これだけ多作になれるんだろう?

2016年10月30日日曜日

岸見 一郎・古賀 史健「幸せになる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ」


岸見 一郎・古賀 史健「幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4478066116/>
単行本(ソフトカバー): 296ページ
出版社: ダイヤモンド社 (2016/2/26)
言語: 日本語
ISBN-10: 4478066116
ISBN-13: 978-4478066119
発売日: 2016/2/26
[書評] ★★★★☆

『嫌われる勇気』(Amazon.co.jp, 拙書評)の続編。前著を酷評(?)しておいて、早くも続編の書評かよ!という気がしなくもないが、「毒食らわば皿まで」という感じだろうか(←2冊一緒に買ってしまったので読まないのも勿体なく、勢いで一気読みしたというのがコトの真相/笑)

前著に続き、本書も悩める青年と哲人の対話形式。この悩める青年、本当にやりたいと思った仕事(教職)に就き、教育の場でアドラー心理学を展開しようとして見事に失敗。アドラー心理学と訣別すべきかどうか、再び哲人のもとを訪れる……。

前著で抽象的で「???」だった内容が、具体的かつクリアに書かれているのが◎。私なりにまとめると:
  • 幸せになる為には、他者から愛される立場(子ども)から、経済的にも精神的にも自立した人間として、主体的に他者を愛すること。
  • 主語を「わたし」から「わたしたち」に変えること。「わたしの幸せ」を求めるのではなく、「あなたの幸せ」を願うのでもなく、「わたしたちの幸せ」を築き上げること。
  • 有限な人生において必ず待ち受ける他者との「別れ」を最良のものにする為に、「今を真剣に生きる」こと。
といった辺りに集約されるのだろうが、書評ブログなどに纏めるには私の文章力ではとても足りないし、興味を持った方には、是非前著とも併せ読んでみて欲しい。

自分自身に照らしてみると、できていないことばかりで耳が痛い(読書の場合は「目が痛い」か?)。が、色々考えさせられる本だった。前著・本書とも、数年寝かせてから再読してみたい。

2016年10月23日日曜日

岸見 一郎・古賀 史健「嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え」


岸見 一郎・古賀 史健「嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4478025819/>
単行本(ソフトカバー): 296ページ
出版社: ダイヤモンド社 (2013/12/13)
言語: 日本語
ISBN-10: 4478025819
ISBN-13: 978-4478025819
発売日: 2013/12/13

[書評] ★★★☆☆

Amazon.co.jpの「心理学入門」のカテゴリで1位の本。既読という人も多いだろう。あざとい題名で人目を引いている感は否めないが、本書は(乱暴な意味で)他人に嫌われる生き方をしろと言っているのではなく、「他人に好かれようが嫌われようが、それは他人が決めること。自分自身の価値観(ライフスタイル)に勇気を持ち、自身が最善と思う生き方をせよ」という意味であろう。

日本では広く知られている名前ではないようだが、アルフレッド・アドラーは、フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と言われる。このアドラーの思想を、悩める青年と哲学者の対談の形式でまとめた本。本書ではアドラー「心理学」と言っているが、「心理学」というよりは「哲学」、「生きる指針」に近い。

以下は興味深かった点。
  • 「すべての悩みは、対人関係の悩みである」と喝破している点(多くの人において、自己評価は他者に与えられた評価に過ぎないとする点)。他人の評価に沿って生きるのではなく、自分が最善だと思った行動をとるべきだという点。
  • トラウマに代表される、自分の過去が現在を決めてしまうという考え方を明確に否定している点。「いま」の自分には過去も未来も関係なく、「いま」を自分はどう考え、どう生きるか?
  • フロイト的な原因論ではなく、目的論で行動を分析している点。すなわち、例えば問題行動を含む全ての行動には、(意識的にせよ無意識的にせよ)目的があるとする点。
ただ、他人の価値観に左右されず、神が見ているという価値観にも左右されず、自分自身が最善だと思った行動をとり、日々真摯に生きるというのは、実践するのは非常に難しいだろう。

本書では、他人への貢献に喜びを感じ、他人や組織に(経済的にも、承認欲求の面でも)依存しないで自立している状態にあることを前提としている。そのような人はそもそも自己評価が高いだろうし、言うほど「悩んでいない」とも言える。企業や家族親類とのしがらみから逃れられず、そこに価値観の相克があるから人は悩むのだ。他人からの評価をあまり気にせず、自分自身の最善と思ったことをせよ、という指針は、極めて個人主義的なヨーロッパ的発想だと思う(アドラーはオーストリアの人)。また、愛についても述べているが、これは理想形に過ぎないのでは、と私は考える。生れも育ちも価値観も違う2人が家庭を築き、子をもうけ(子も学校や友人から家庭と異なる価値観を持ちかえって来る)、その過程で価値観の衝突が無い訳がない。

本書は「中庸である悩める人」に向けた本だと思う。自己評価の高い人にはアドラーの考え方は不要だろうし、心身とも弱った状態にある人には毒薬でさえある。アドラーはトラウマをきっぱりと否定するが、それではPTSDやうつ病といった心身症の説明がつかない。これらの症状に苦しむ人たち、すなわち自己肯定が出来ない状態・自己評価が非常に低い状態にある人に、アドラーの哲学を押し付けると、本人はさらに参ってしまうだろう(その先に待つのは過労死か自殺か)。こういう人たちは、(アドラーの主張とは異なるが)きちんと原因の認識と対処をすべきだ。その上で、原因論だけでなく目的論的な視点からも対処をするのが現実的なのではないか。例えば認知行動療法では、原因と目的とを分離し、自身が対処出来ることとして、目的論的な視点から物事の考え方を捉え直すよう促す側面もあるように思える(あまり詳しくないのだが、無責任なことは書けないのでこの辺で…)

アドラーの言うような生き方は難しいかも知れないが、原因論的な考え方だけでなく、目的論的な考え方も取り入れ、どこかで上手く折り合いをつけて行くのが現実的な生き方なのかも知れない。

以上、否定的なことばかり書いてしまったが、これは私自身に至らぬ点が多いからかも知れない。また、子どもや後輩の指導をする立場にいる人は本書から得る物が多いと思うが、これも実践は非常に難しいだろう。アドバイスのつもりで言った言葉が、子どもや後輩を追い込む煽り文句になりかねない。使いドコロには要注意だ。

ともかく、数年寝かせて、そのうち再読してみようと思える本ではある。(その時の私はこの本をどう思うかな?)

・  ・  ・  ・  ・

参考リンク(Wikipedia)

2016年10月16日日曜日

西尾 維新「掟上今日子の家計簿」


西尾 維新「掟上今日子の家計簿」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4062202700/>
単行本(ソフトカバー): 256ページ
出版社: 講談社 (2016/8/23)
言語: 日本語
ISBN-10: 4062202700
ISBN-13: 978-4062202701
発売日: 2016/8/23

[書評] ★★☆☆☆

今年6~7月に1~6巻を一気読みした「忘却探偵シリーズ」の、第7巻。うっかりシリーズで読み始めてしまったので、惰性で購入~読んでしまった(笑)。本文中ではシャーロック・ホームズ(コナン・ドイル作)への言及が多いが、著者・西尾氏の作風は名探偵ポワロ(アガサ・クリスティ作)の影響が強いようで、叙述トリックの連発である。…と言うか、本文中にも、叙述トリックに関する薀蓄(ウンチク)もたっぷり(笑)。
  • 著者・西尾氏ご本人は、本書あとがきにて、シリーズ3巻の『挑戦状』、5巻の『退職願』から連なる、『今日子さんと刑事さん』シリーズと書いているが、『挑戦状』は語り部は不在の“神の視点”(『退職願』と本作『家計簿』は担当刑事が語り部)。
  • 叙述トリック…文章上の仕掛けによって読者のミスリードを誘う、ミステリー小説の書き方の技法の1つ。(詳しくはWikipedia等をご参照ください)
さて本作。短編×4本、それぞれ別の刑事が語り部。全員、探偵・掟上今日子に良い感情を持ってはいないものの、止むを得ず仕事を依頼する話。

忘却探偵シリーズのここ数冊は、同著者・別作品の〈物語〉シリーズと同じように、言葉遊びが増えている。これは食傷気味。本作、良くも悪くも凡作(決してケナしている訳ではありませんが)。これで¥1,350-はコストパフォーマンスが少々悪いかも知れない(苦笑)。推理小説(探偵モノ)で刺激的な作品を書き続けるのは難しいかも知れないが、シリーズの初期設定がブッ飛んでいるので、続編でももう少しパンチの効いた作風を求めたい。…などと言うのはただの贅沢か?

ちなみに今回のタイトルの「家計簿」、内容には全然関係無さそう…?

・  ・  ・  ・  ・

以下余談。

先日Amazon.co.jpさんで確認したら、シリーズ8巻『掟上今日子の旅行記』(未刊、2016/11/16発売予定)に既にISBNコードが割り振られていた。また買ってしまいそう(笑)。てゆーか西尾さん、筆(現代ではキーボードかな)が速すぎです。この間に〈物語〉シリーズの最新刊『撫物語』も出ているし。どういう精神構造をしていると、これだけ多作になれるのだろうか(読む方が追いつかない/笑)。作品よりも西尾氏の方に興味があったりして(笑)。

忘却探偵シリーズ 刊行リスト
  1. 「掟上今日子の備忘録」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062192020/> (2014/10/15)
  2. 「掟上今日子の推薦文」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062194503/> (2015/4/23)
  3. 「掟上今日子の挑戦状」 <http://www.amazon.co.jp/dp/406219712X/> (2015/8/19)
  4. 「掟上今日子の遺言書」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062197847/> (2015/10/6)
  5. 「掟上今日子の退職願」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062199068/> (2015/12/17)
  6. 「掟上今日子の婚姻届」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062200716/> (2016/5/17)
  7. 「掟上今日子の家計簿」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062202700/> (2016/8/23)
  8. 「掟上今日子の旅行記」 <http://www.amazon.co.jp/dp/4062203766/> (2016/11/16)(※未刊)

2016年10月9日日曜日

小山 宙哉「宇宙兄弟(29)」


小山 宙哉「宇宙兄弟(29)」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4063886387/>
コミック: 200ページ
出版社: 講談社 (2016/9/23)
言語: 日本語
ISBN-10: 4063886387
ISBN-13: 978-4063886382
発売日: 2016/9/23

[書評] ★★☆☆☆

ご存知『宇宙兄弟』の最新巻。

前巻(28巻)で始まった、月面電波望遠鏡の設置ミッションでは、技術的に予定通りに行かないトラブルが出たが、今回はその解決編…と思いきや、船外活動(宇宙服を着て月面で行う作業)中にまたまた事故発生。一番大変なのは…ネタバレになるが、表紙の人。

(南波日々人/なんば ひびと)の2026年の月ミッションに続き、兄(南波六太/なんば むった)も月ミッション(2029~30年頃?)でもまた遭難かよ!? こういう展開はちょっと食傷気味。人類初の活動をしているので物事が予定通りに進むことなどまず無く、色々トラブルが起こるのはむしろ当たり前なのだが(初めてのプロジェクトにトラブルがつきものなのは国でも企業でも同じ)、フィクションとは言え、大事故寸前を連発するのは国際的事業としてどうなのよと思う。日本よりも責任の所在がハッキリしているアメリカの組織でも似たようなポカをやらかすものだろうか? と思ってしまった(後述)。まあ度重なる事故・トラブルへの対処こそがドラマになるのだが(でも「プロジェクトⅩ」的なプロジェクトマネジメントは本来あってはならないものだと思う)

問題点を挙げるとキリが無いが、
  • 日々人の遭難事故の教訓が活かされていない(宇宙服の強度など)
  • 予定外・予想外の事態に対するコンティンジェンシープランの欠如
    • コンティンジェンシープラン…非常事態への緊急対応・初動計画。(IT用語辞典 e-Words)
などなど、NASAのマネジメントがもうボロボロ。

本書で月ミッションと国際宇宙ステーション・ミッションを統括しているNASA (アメリカ航空宇宙局、1958~)は、周知の通り実在する組織だ。NASAは組織が若かった頃は、歴史上初めて人類を月面に到達させたり(これは東西冷戦という背景もあり人・金・物が莫大に注ぎ込まれたこともあるだろう)、映画『アポロ13』等で有名なアポロ13号(1970)の事故への対応で見られたように、大組織のマネジメントと緊急事態への即応体制について、教科書に載るような優れた組織だった。が、その後、スペースシャトルで2度の大事故(爆発事故空中分解事故)を起こすなど、開発の遅れ・予算の削減・組織の官僚化/硬直化の悪影響がモロに出ている。本書でもNASAを腐りかけた組織として描いており(JAXAに対しては比較的好意的)、その悪影響としての事故続発を描いているものとして理解したい。

本書がモデルとしているNASAのコンステレーション計画は、実世界では2010年に中止が発表されてしまった。作者の小山さんはストーリー作りに苦労するだろうが、ワクワクする展開は次巻以降に期待!

2016年10月2日日曜日

小松公夫(著)「論理思考の鍛え方」


小松公夫(著)「論理思考の鍛え方」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4061497294/>
新書: 260ページ
出版社: 講談社 (2004/7/21)
言語: 日本語
ISBN-10: 4061497294
ISBN-13: 978-4061497290
発売日: 2004/7/21

[書評] ★★★★☆

今回はちょっと古い本。

最初に書いておくが、本書は自己啓発本ではない

自己啓発本の一種だと思って中身も確かめずに買った本(Amazon.co.jpさんのおすすめによる/笑)。先日読んだ田坂広志(著)「知性を磨く」「人間を磨く」に書かれた「知性」とは対極の内容を予想していたのだが、少し違った。いわゆる「詰め込み教育」につながるものとして批判されることの多い難関学校入学試験・採用試験等から見た、学校や職業が求める人材像(能力)に関する本である。
  • 田坂著(後述)では、知性とは本から読める知識知ではなく、経験を積むことによってしか得られない知恵だとする。
  • 田坂著では「ドラゴン桜」的な知識詰め込みを批判しているが、その「ドラゴン桜」の絵が本書のオビについていて、ちょっと笑えた。
本書の章立ては以下の通り:
  1. 有名小学校問題から幼児期に芽生える能力因子を考える
  2. 難関中学・東大入試問題から論理的思考能力の発達を考える
  3. 企業採用テストと国家公務員I種試験問題から社会人に求められる職業能力を考える
  4. ロースクール適性試験問題から法曹人に求められる能力因子を考える
  5. 医学部入試問題から医師に求められる能力因子を考える
本書から読みとれる内容は、それぞれの試験が問うている能力は何なのか。共通点は何か。子供の発達過程で身につけるべき能力は何か。職業上求められるのはどのような能力か。

本書を読んでも読者の論理思考の能力が磨かれる訳ではない。が、本書は子を持つ親や教師にとっては必読書かも知れない(子供に生きる力をつけさせる立場にある人)。本書の内容は、学校の入試担当教諭(担当スタッフ)・企業や官庁の採用担当者は既に充分理解しているのだろうが、「世の中に求められる能力とその評価の仕方、人の育て方」が分かる点が面白い。特に、
  • 入試や入社の試験(ペーパー試験・口頭面接)が見ている主な能力は何か
  • 学校や業務で必要とされる能力を、試験問題という形でどのように見ているか
  • 学校や企業が求める人材はどういう人か
が垣間見えるのは興味深い。

余談になるが、本書に載っている各例題は解いてみても結構面白い。読書中、突然レポート用紙を持ち出して問題を解くという奇行(?)に走ってしまった(笑)。興味深かったのは、大人向けの試験よりも(割と理詰めで考えられる)、小中学校の入試問題の方が難しかったこと(より柔軟な思考が必要)。年を取っても、柔らか頭を保ち続けたいものである。

本書は、タイトルから忌避する人も多いかも知れない。が、世の中に求められる人材であり続けたい人にとっては示唆の多い本だと思う。

・  ・  ・  ・  ・

参考図書

2016年9月25日日曜日

神田 昌典「2022―これから10年、活躍できる人の条件」


神田 昌典「2022―これから10年、活躍できる人の条件」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4569797601/>
新書: 224ページ
出版社: PHP研究所 (2012/1/19)
言語: 日本語
ISBN-10: 4569797601
ISBN-13: 978-4569797601
発売日: 2012/1/19

[書評] ★★★☆☆

今後10年間、2022年まで(本書は2012年発行)の間、日本はどうなる? 中国や北朝鮮・韓国はどうなる? 発行から年数(4年半)経っており内容が一部古いが、中国・韓国に媚びるでもなく嫌うでもなく、比較的政治的にバランスの取れた、かつ面白い視点を与えてくれる本だと思う。

進化生物学者・UCLAのジャレド・ダイアモンド教授の本を引いてきて(pp. 44-45、下記参考)、文明が崩壊する原因は(戦争でも病気でも食糧危機でもなく)歴史のターニングポイントで民族が「引き継ぐべき価値観」と「捨て去るべき価値観」の見極めの失敗だというものだ。日本もそろそろ変な主義主張を捨て、国家も国民も生き延びる方法を模索しないといけないのかもしれない。
本書に書かれた我々の近未来像は、日本・中国・台湾・韓国をはじめとする東・東南アジアと国境のなくなった状態で、共存共栄&競争とのこと(公用語は英語と中国語、時々日本語とハングル語)。製品やサービスのライフサイクルは短い。生き残るべき製品・サービスは、古い価値観のうち「引き継ぐべき価値観」を残しつつ、「新しい価値観を盛り込んだもの」になる。人材も同様で、グローバル市場(の一部、特に東アジア)の中で新たな価値創造を出来るフットワークの軽い人にならないと勝ち残って行けないという。毎日が新鮮な日とも言えるが、日々同じことを繰り返すだけの人は食べて行くのも厳しい時代になりそうだ。

◆面白い視点
  1. 本書は東アジアという舞台で日本と企業はどうなる?を論じており、米欧露(と最近ではトルコ・中近東)中心の地政学の本とは一線を画していると思う。
  2. 明治維新以後(西南戦争終結:1877年、立憲体制の確立:1889年)から、日本の歴史は70年周期で巡り、その都度、大変革に見舞われきた。太平洋戦争終結(1945年)から今年で71年。再び大変革の波がやってきているという主張は一読の価値あり。人の一生の長さに相当する期間でもあり、世代で言えば2~3世代位。「戦争」や「変事」の記憶・語り部が減ってしまった時代に次の動乱が起きやすいというのは人の世の常なのかも知れない。
  3. iPhoneを例にとってスマホの機能と市場規模を予想しているのだが、2012年1月発行の本なのに(当時はiPhone 4発売中)、今年2016年9月に発表・発売となったiPhone 7の発売時期・搭載機能の予想まで概ね当たっている。2016年現在、スマホは既に成熟市場、過剰機能搭載・カラーバリエーションが増える等の予想が見事(iPhone 7は現行型スマホの1つの完成形と言えるだろう)。2016~2017年辺りは、次のコンセプトの商品が出てくる時期なのかもしれない(先日発表されたiPhone 7・Apple Watch (完全防水)・AirPods (完全ワイヤレスのイヤフォン・マイク)は、その「次のコンセプトの商品」を占う製品なのかも知れない)
  4. 大きな組織(企業)は、ライフサイクルが短い(つまり当初は市場が小さい)製品には参入を躊躇いがちだが、ライフサイクルが短い事業にも積極的に参入をし、それらの中から大きな事業を育てていくようにしないと滅びる(今や参入可能なタイミングはシビアなので、まずは参入してみてから継続可否を判断するべき…FS (Feasibility Study)、採算性見積もり、等の甘さを突き「企画はまず潰す」方針でやっていたら時代に取り残されるということ)、という重大なヒントが書かれている。
  5. 個人についても、会社等の1組織に囚われない生き方と、そのための能力を身に付けることを強く勧めている(転職によるキャリアアップ等よりも、フリーランスの働き方も提案している…がコレはハードル高いなぁ)
◆ツッコミ所
  1. 地政学的リスクの読みが甘い傾向あり(21世紀に入り弱体化したとは言え米国はまだまだ健在であり、それ以上に近年ロシアやトルコの動きも気になるが、その辺りの強大国の影響が薄い分析になっている)
  2. 中国・台湾・日本・韓国を中心とする『儒教国経済圏』が出現すると言っている。いわば「共栄共存」構想だが、経済の繋がりは政治的緊張の緩和にはあまり役に立たず、2度の世界大戦を防ぐことが出来なかったことは歴史から学んでも良いだろう。
  3. なお、日本の「70年周期」は明治の変革以来3度目(2周期目の終わり)にすぎないので、この数字は慎重に扱いたい。そもそも日本が戦後主権を取り戻したのはサンフランシスコ講和条約(1951年)であり、ここから数えると2016年は65年目、本書の言う「70年」まではあと5年残っている。また、海外で言われる「周期性」の話については、地政学の大家:ジョージ・フリードマンが著書「100年予測」(ハヤカワNF文庫、2014/6/6)<http://www.amazon.co.jp/dp/4150504091/>で「米国は建国以降(独立戦争は~1783年)、概ね50年周期で、決定的な経済的、社会的危機に見舞われてきた」と書いており、こちらのほうが200年以上(現在5度目の周期の中期)と歴史も長く、蓋然性は強いのではないか。
なにはともあれ、2~3世代毎(50~70年毎)に周期的にカタストロフがやって来るというのは、ある程度納得できる議論ではある。筆者・神田氏の論によると、2015年頃にはそのカタストロフがやって来るとのこと。私の読みは、終戦ではなくサンフランシスコ講和条約後70年、つまり2021年。この激動の時代をどう生き抜くか。銀座や秋葉原に行くと、中国・台湾・韓国人がワンサと来ている。現在、iPhone等の世界的なハードウェア/ソフトウェアにおいて既に、市場の重点は欧米の次は中国になって来ている(日本の重要度は下がっている)。今後、日本国内で売られる商品も、インバウンド需要を狙い、ますます中国・台湾・韓国人向けに作られるようになるだろう。日本の公用語は、日本語の他、実質的に英語・中国語・韓国語も使われるようになるだろう。そんな客層に向けて「ジャパニーズ・サプライズ」を与え続けることの出来る人か、(自己主張の強い)大陸人と伍して行くことの出来る人しか生き残れないのかもしれない。

◆もうひとつ、ツッコミ所

本文末尾にFacebookページ等へのリンクが沢山書かれているが、2012/4/16以降更新無し。リンク切れ多し。

本書の内容、賞味期限はカナリ短いようだが(本書の内容、1/4~1/3位は既に賞味期限切れ…なので評価は×3とさせて頂く)ナカナカ刺激的なコトが書かれており、興味深く読めた。

2016年9月18日日曜日

田坂広志「人間を磨く 人間関係が好転する「こころの技法」」


田坂広志(著)「人間を磨く 人間関係が好転する「こころの技法」」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4334039227/>
新書: 243ページ
出版社: 光文社 (2016/5/19)
言語: 日本語
ISBN-10: 4334039227
ISBN-13: 978-4334039226
発売日: 2016/5/19

[書評] ★★★★★

本書の副題は「人間関係が好転する『こころの技法』」。私なりに言い換えると、人間関係を良好にするための「心の持ち方、姿勢」を示した本。自身が煩悩を持つ存在であることを認めた上で(自身が悪い感情等を持つことは否定しない)、人間関係を良くするために、様々な出来事(特に人との出会いや経験)とどう向かい合うかを述べる。

内容は以下の通り(目次から)
  1. 心の中で自分の非を認める
  2. 自分から声をかけ、目を合わせる
  3. 心の中の「小さなエゴ」を見つめる
  4. その相手を好きになろうと思う
  5. 言葉の怖さを知り、言葉の力を活かす
  6. 別れても心の関係を絶やさない
  7. その出会いの意味を深く考える
本書の内容の多くは、部下を持つ者向けに書かれた、コミュニケーション力やコーチングのテキストと共通する。が、本書に特徴的なのは、
  • 人間関係における、不和や不信、反目や反発、対立や衝突、嫌悪や憎悪などの痛苦な経験への処し方
  • 不幸な出会い・苦痛な体験を、自身の人生において意味の無いものとせず、その出会いや体験から、自身の課題を認識して学習すること
を、上記のスキルと合わせて身に付ける方法と、その際の「心の置き所」を明確にしている点。先日TwitterやFacebookで話題になった「小児科に掲示してあった『声かけ変換表』」(子どもだけでなく大人にも通用する内容だった)とも一部共通する「心の置き方」。
  • この貼り紙自体は、リツイートされた画像を、作者が権利侵害を申し立てて削除させているようですが…。
怒りを燃料に、劣等感や屈辱の記憶をバネにしている社会人は(学生も)多いと思うが、本書に書かれた「こころの技法」は、ある意味その対極にある。私自身の経験と照らし合わせてみても、「反省点」多し。また、尊敬できる上司・先輩の多くが本書に書かれている通りの行動様式を取っていたことも興味深い。

本書も前著同様、暫く寝かせてから再読してみようと思う本の1冊だ。

2016年9月11日日曜日

田坂広志「知性を磨く― 「スーパージェネラリスト」の時代」


田坂広志(著)「知性を磨く― 「スーパージェネラリスト」の時代」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4334038018/>
新書: 229ページ
出版社: 光文社 (2014/5/15)
言語: 日本語
ISBN-10: 4334038018
ISBN-13: 978-4334038014
発売日: 2014/5/15

[書評] ★★★★☆

本書は、多くの専門家(スペシャリスト)を統合して動かすジェネラリストになるには、どのような“修行”(人生経験)を積めば良いかを示す本。経営者・管理職は勿論、2~3人の小編成のチームリーダや関係部署・協力会社の人に動いて貰わないと仕事が進められない全ての人(つまり大部分の組織人)にとって、考えさせられるところ大だと思う。

そもそも「知性」とは何か。筆者はこう書く。
  • 「知能」とは、「答えの有る問い」に対して、早く正しい答えを見出す能力。
  • 「知性」とは、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力。(p. 15)
深い表現である。「知能」(正解のある問いに正しく答える能力)は、読書や机上の勉強により比較的簡単に身につけられる。が、「知性」はそんな簡単には身につけられない。この「知性」は、実社会生活を送りながら、たえず自己反省を繰り返し、答えを求め続けることによってしか得られないという。

同様に、「智恵」は「知識」とはどう異なるかについても書いている。
  • 「知識」とは、「言葉で表せるもの」であり、「書物」から学べるものである。
  • 「智恵」とは、「言葉で表せないもの」であり、「経験」からしか学べないものである。(p. 54)
経験を積んだ社会人は、若い世代と同じ「知識」のレベルで競争するのではなく、過去の経験から掴んだ「智恵」を活かすべきだという。

今後「知識社会」になっていくと言われて久しいが(言い出したのはP・ドラッカー氏だったか)、この「知識社会」では、その名とは裏腹に、(検索すればすぐ出てくるような)知識は役に立たなくなる。形式知・知識知ではなく、暗黙知・経験知が重要になって行く。今後さらに重要になる能力は、この暗黙知・経験知を自ら育み、さらに他人に伝える or 形式知化・知識知化する能力だろう。

本書でちょっと残念なのが、
  • 同じ文言を何度も書いている箇所が多く、少々くどい点。
  • 太字で強調している箇所が多すぎて、何を強調したいのかがよく解らなくなっている点。
  • 後半になるに従い、「紙数に限りがあるので」と、自身の別の著作を参照するように薦めている点。紙数に限りが…と言う割に、空行や同じ文言の繰り返しが多く、限りある紙面を無駄遣いしているようにも見える(笑)。
が、この辺りは一種の語り口調、一気読み(読み返し無し)でも読者に内容をきちんと理解させようという筆者の真摯な姿勢なのかも知れない。

何はともあれ、暫く経ってから(“寝かせて”から)再読してみようと思える本ではある。