2017年3月5日日曜日

ジョージ・フリードマン(著),夏目大(翻訳)「新・100年予測――ヨーロッパ炎上」


ジョージ・フリードマン(著),夏目大(翻訳)「新・100年予測――ヨーロッパ炎上」
<https://www.amazon.co.jp/dp/4152095504/>
単行本(ソフトカバー): 419ページ
出版社: 早川書房 (2015/7/23)
言語: 日本語
ISBN-10: 4152095504
ISBN-13: 978-4152095503
発売日: 2015/7/23

[書評] ★★★★★

最初にひと言。メチャクチャ面白かった! ガッツリ読めた!!

本書には、欧州の近未来の予測も書かれているのだが、内容は主に歴史の概観と現状分析。既刊2冊(後述)と比較して、歴史の話が多目で、予測は少な目。予測本として読むと肩すかしを喰った気がするかも知れないが、大航海時代に端を発する欧州の世界征服と、近代以降の凋落の歴史を概観する本として、非常に面白い。ざっくり言えば、15世紀に膨張を始め、一度は世界を支配し、その後2度の大戦で世界への影響力を失い(戦勝国も得た物より多くを失った)、その45年後の冷戦の終結から10年あまりの短い春を謳歌し、2008年金融危機以後再びあちこちに紛争の火種が多発している、…という内容。欧州が過去・現在・近未来を語り、紛争になりそうな事象について概観する本。だが、最後にヨーロッパの今後について「果たして何が待ち受けているのか、予想することは難しい」(p. 401)という締めは、何とも無責任な書きっぷりに見えるが(笑)、「2つの大戦のような大戦争がヨーロッパで再び起きるとは私は考えていない」(p. 401)というのは多少の安心材料にはなる。

ところで。「地政学」という考え方は、アメリカの社会学者・歴史学者イマニュエル・ウォーラーステインによる「世界システム論」と一部共通する。が、既刊2冊でもそうであったが、本書の著者は、地理的要因(経済に直結する)と同時に、宗教や民族(憎悪や対立といった国民感情につながる)にもスポットを当てている。少数の巨大な力が世界中を押さえつけている間は(たとえば冷戦期)、宗教・民族の問題は目立たない存在になってしまうが、この構造が失われると(ソ連崩壊後)、あちこちに火種が生まれてくる。たとえば1990年代以降、チェコとスロバキアは分裂し、ユーゴスラビアは長い内乱の末に幾つもの国家に分裂した。ソビエト連邦の衛星国だった国家やソ連邦から独立した国家は、内政不安の国が多い。

現在のヨーロッパの現在の不安定さは、概ね以下で説明できる:
  • ドイツがEU圏を経済的に支配してしまっていること。軍事的にはともかく、経済的に、フランスや南欧・東欧諸国を資源産出国そして市場とするドイツが中心となった、第1次世界大戦直前のような帝国体制が出来上がってしまっている。
    • 経済的にはドイツを宗主国とし、フランスや東欧諸国が“準植民地”という“植民地経済”になっている。
  • ドイツとロシアが歴史的経緯もあって互いを信用できないでいながら、共依存の関係にあること(ドイツの工業力、ロシアのエネルギー)。ロシアと欧州の境界領域(旧ソ連領と東欧諸国)では既に紛争が起きている(近年ではジョージア(グルジア)での戦争、ウクライナ・クリミアでの動乱など)。
  • 欧州での米国のプレゼンスの低下、NATOが実質的に無力化していることと、EUの機能不全
    • EU/NATOが機能不全を起こしている状況は、欧州諸国を「裕福だが弱い」という危険な状態に置いている。
    • 英国がEU離脱を決定し(本書発行より後のことだ)、EUの空中分解は加速している。英国はEUに所属するメリットよりも、ドイツが支配するEUに縛られない道を選んだのだと言える。
  • 状況を複雑にしてしまっているのが、欧州各国に増えているイスラム系移民の存在
    • 第1次~第2次世界大戦の時は、キリスト教徒が中心となった世界経済の中で、ユダヤ人という異質な存在がキーになっていた。この背景には、キリスト教徒が不浄の仕事としてあまり就かなかった金融業をユダヤ人が、近世以降の資本主義社会の発展に伴い、富裕層となったことに対する反感等もあろう。今回問題になっているイスラム系移民の場合は、富裕層という形ではなく、安い賃金でも働き、キリスト教徒から仕事を奪っているという点は大きく異なるが、同じ啓典の民(旧約聖書を共有するユダヤ教徒・キリスト教徒・イスラム教徒とその各宗派)同士の間での憎悪がベースになっているのは注目に値する。
ヨーロッパでの国境がいかに変わり易いものであるかは、第10章「ロシアとヨーロッパ大陸」に掲載の図(第1次世界大戦前・冷戦時代・冷戦後のそれぞれの国境線)を見ると一目瞭然だ。第1次世界大戦というと遠い昔のように聞こえるが、我々が顔を知る世代(祖父母・曾祖父母)が少年~青年時代に見ていた世界である。我々も冷戦終結後のバルカン半島、コーカサス地方の内戦を見てきた。近年とみに流動化の兆しを見せている欧州は、今後数年~数十年で状況が大きく変わる可能性があると見て良いだろう。

なお、本書の原題は「FLASHPOINTS - The Emerging Crisis in Europe」。直訳すると「一触即発 ― 欧州に現れつつある危機」とでもなろうか。既刊2冊(下記)とシリーズ物になっていることを表現するためだろうが、「新・100年予測」という邦題は誤解を招きやすい。また、シリーズ物なのかも知れないが(?)、本書は近代以降(第1次世界大戦以降)の地政学的分析により近未来を予測する本ではなく、欧州及び関連地域の中世以降の歴史を振り返って、現在欧州が置かれた不安定な情勢を述べている点が、既刊2冊と大きく異なる。

参考:ジョージ・フリードマン著作 既刊:
  • ジョージ・フリードマン(著),櫻井祐子(翻訳)『100年予測』(原題:The Next 100 Years/直訳すれば「次の100年」)(ハヤカワNF文庫、2014)
    Amazon→<https://www.amazon.co.jp/dp/4150504091/>
    拙書評→<https://yuubookreview.blogspot.jp/2016/05/100.html>
    アメリカを中心とした世界を地政学的に見て、今後100年の間にどう変化するかを予測した本。テクノロジーに関してはSFっぽい話も出てくるが、他の技術予測本などを見ると、大外れという訳でも無さそう。
  • ジョージ・フリードマン(著),櫻井祐子(翻訳)『続・100年予測』(原題:The Next Decade/直訳すれば「次の10年間」)(ハヤカワNF文庫、2014)
    Amazon→<https://www.amazon.co.jp/dp/4150504164/>
    拙書評→<https://yuubookreview.blogspot.jp/2016/11/100.html>
    アメリカを中心として、世界の今後20~30年を地政学的に予測する本。日本・トルコ・ドイツの動向に着目している。この『続・100年予測』では「第9章 ヨーロッパ――歴史への帰還」において欧州の歴史、ロシア・中東との関係が少し出てきたが、本書『新・100年予測 ヨーロッパ炎上』では、歴史的背景がコッテリと書かれている。
なお、本書を読む時は、地図帳を脇に置いておくと(あるいはGoogle Mapsの画面を表示しながら読むと)、より理解が深まるだろう。地政学関連の書籍を読む時のスタイルとしてオススメ!

・  ・  ・  ・  ・

以下余談。

①憎悪と恐怖は消えずに蓄積していく?

第1次世界大戦前、そして現在欧州を実質的に支配しているドイツは、世界で唯一無二の存在ではないとする。比較例として出されているのは日本だ。2国の共通項として、①国家の統一が諸外国(西欧列強)に比べて遅かった国、②資源の輸入が必要な工業国、③第2次世界大戦後の冷戦体制下で米国にとって地理的に重要な場所であったこともあり戦後復興に有利に働いた、の3点をを挙げている。が、日本については淡々と書いているだけなのに対し、ドイツについては今でも化け物である可能性が高いとの認識があるようだ。これは、筆者がユダヤ系の元ハンガリー人であることも関係しているだろう。(筆者が旧ハンガリー=オーストリア帝国出身のユダヤ人で、両親が大変な苦労の末に一家で米国に亡命したことが、第1章に生々しく描かれている。)

本書を読むと、民族や宗教の対立・憎悪・恐怖は決して消えることはなく、これらの悪い記憶は蓄積する一方だという。国家や宗教の力(主に軍事力)が拮抗している場面では、これらの悪感情による政情不安は抑えつけられる場合もあるが、根本的に問題が解決されることはまずないと言う(“民族浄化”により国民や民族が全て抹殺された場合は除く)。これは歴史の真実かも知れない(日本人は過去の遺恨を忘れるのが得意なようだが、他の国の人は決してそんなことはない;他国への怨恨を煽って国家をまとめている例も見られる)。このことから、敗戦した場合は勿論のこと(戦争犯罪・戦争責任を追及されるのは大抵敗戦国だけである)、戦勝国になっても「戦争が割に合うことはまずない」。また、戦争そのものよりもむしろ「戦後処理が国の命運を決する」と言っても良さそうなものだ。しかし、それでも紛争は絶えないし、悪い状況を力づくで引っ繰り返す為に開戦に踏み切る国は今後も現れるのだろう。本書には、現在の欧州にこのような「負のパワー」が目一杯溜まっていることが描かれている。

②近現代史へのアプローチ…従来の文献とちょっと違うのが面白い

世界の近現代史を解説する文献は、第1次世界大戦(1914~1918)の前後から書いているものが多い。これは、第1次世界大戦で
  • オスマン帝国が滅び、中東に(英仏人の都合による)国境線が新たに引き直された
  • 欧州に割拠していた帝国群の秩序が作り直された
という意味で、近現代に直結する体制が出来たと見なされているからだ。勿論この後第2次世界大戦、そして冷戦下での米ソの代理戦争、ソ連の崩壊があり、世界各地の秩序は何度か作り直されているのだが、第1次世界大戦まで遡れば、近現代史を理解しやすいからだろう。

これに対して、本書は大航海時代(15世紀半ば~17世紀半ば)から解説を始める。この時代、欧州各国は世界各地に富を求める。膨張を始めた国は、最初はポルトガル、次いでスペイン、その後オランダ、ベルギー、イギリス、フランス、…等。
  1. アフリカ
  2. アジアへの海路(オスマン帝国をバイパスするルート)→アフリカ西岸~喜望峰を通るルート。
  3. 新大陸アメリカ(南北アメリカ)→大西洋を西に行けばインドに行けるのではないか?という思いが新大陸の発見に結びつく。

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