2016年5月1日日曜日

マイケル・ピルズベリー「China 2049 ― 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」」


マイケル・ピルズベリー (著), 森本 敏 (解説), 野中 香方子 (翻訳)「China 2049 ― 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4822251047/>
単行本: 440ページ
出版社: 日経BP社 (2015/9/3)
言語: 日本語
ISBN-10: 4822251047
ISBN-13: 978-4822251048
発売日: 2015/9/3

[書評] ★★★☆☆

簡単に言うと、米国人の中国分析官による「中国脅威論・米国版」。米国人にとっては行動原理が非常に解かりにくい中国人だが、『孫子』などの兵法書や春秋戦国時代や三国時代の記録(伝説も含む)を参考にした戦略に基づいて行動している旨理解すれば多少理解が出来ると説く。中華人民共和国はその成立(1949年)の100年後、つまり2049年にアメリカから覇権を奪うという「100年マラソン」計画という超長期的視野に立って行動していると本書では書いているが(「100年マラソン」とは和風に言うなら「国家百年の計」だ)、これも四半期とか年間とか長くてもせいぜい10年といった短期でしか歴史を捉えない米国人には理解しにくいかも知れない。

中国は戦国時代からの教訓で、敵の理念や技術を盗むことを、勝つためには当然のこととする。だから、外国の技術や知的財産を盗むことに躊躇が無いし、罪悪感も感じていない。この辺りも、「正当な競争」を旨とする自由経済圏の人間から理解され難い点だ。また、同様に中国は戦争をするよりも、策略によって他国を己の意のままに動かすことを良しとしている点も西欧社会から理解されにくい点のようだ。この中国の策略の成功例として、現在の米国内には中国の息のかかった(中国マネーを受け取り中国に有利な政策を進める)政治家・官僚が多くなっていることを挙げる。また、中国マネーは米国の有名大学にまで入り込んでおり(中国マネーによる「孔子学院」は、諸大学の財政を大いに助けている)、チベット、台湾、中国の軍備増強、中国指導者内での派閥争いといった話題を禁止するなど言論統制・教育の検閲がまかり通っており、米国内に小さな中国を確立しつつあるという。
  • 中国の古来よりの戦略思想(政略・軍略)「兵家」では、間者(今風に言えばスパイ)を有効に使うことが良い指揮官の必須条件とされている。特に『孫子』は「上兵は謀(はかりごと)を伐(う)ち」(最善の策は謀略戦に勝つこと)と述べ、「用間」(間者を用いる)で締め括る。「間」には①共間(敵国のマスコミ、学者など)、②内間(敵国の政治家、官僚など)、③反間(敵国の大臣、軍人、外交官など;敵国のスパイを寝返らせて二重スパイにする場合もこれに含まれる)、④死間(敵国内で攪乱をする自国民)、⑤生間(敵国の情報を持ち帰る自国民)がある、としている。本書に書かれている中国の活動は、米国の政治家・官僚などを中国マネーで中国に有利に動いてもらう「②内間」にあたる。また近年は米国政府だけでなく、米国(を含む各国)の大学にまで「孔子学院」などの教育機関を設立し(費用は全面中国持ちで、財政難に苦しむ大学が喜んで受け入れている)、儒教など中国の平和的な一面を広く知らしめ、中国に対する好感度を上げるというプロパガンダ的な動きもある。このような中国製大学は「①共間」による「②内間」養成機関である。
本書で面白いのは、「中国人が捉えたアメリカ像」が分かることだ(米国人のフィルターを通したものだが)。このアメリカ像は、150年以上にもわたって中国から富を収奪しようとしている国であり、武力外交によって世界の覇権を維持しようとする悪魔のような国である。エイブラハム・リンカーンは悪逆な帝国主義者である。筆者によると、これらは全て悪意のこもった誤解・曲解であるらしいが、第三者の目から見るとあながち間違いであるとも思えないのが興味深い。筆者は中国とその歴史には詳しいかも知れないが、アメリカ合衆国の「正しい歴史」を知らないのではないかと思える(米国で一般的な歴史教育を受けた人は殆どがそうなのかも知れないが)。利害の絡む2国間で互いに自国と相手国の認識に大きなズレがあると、国家・民族的な恨みの歴史の悪循環、場合によっては悲劇を生み出してしまいかねない。この悪循環・悲劇を避ける特効薬は無いが、いずれの国でも「正しい歴史教育」を行うことが必要だろう。時には自国の依って立つ理念や正義が度々裏切られてきたことを国家が認めなければならないし、自国が度々過ちを犯してきたことも教育しなければならない。そういう地道な努力をしないことには、国家間の相互理解などあり得ない。
  • 米国は、政治家への企業献金は勿論、個人献金も一般的になっており、上述の通り、中国マネーも多額流れ込んでいる。また中国系ロビイストの活動(暗躍)も行われている。これにより米国内の親中派が選挙を有利に戦い、中国を支援する国策が施行されるようになっている(これは中国だけではなく色々な勢力のマネー・とパワーが働いているが)。米国のこの政治腐敗を無くすには、各政治家について献金者と金額のリストを公表する等、政治とカネの流れを白日の下に晒さなければならないだろう(日本でも政治資金規正法政党交付金制度が設けられたが、あまり機能しておらず、米国と似た状況ではある)
  • 日本人は中国人とメンタリティ(や受けてきた歴史教育)こそ違うが、中国文化の影響を受け、また中国の歴史小説や兵法書にも親しんだ日本人は、アメリカ人よりも中国という国を理解する上で有利な立場にいると考えられる(孔子の『論語』や孫武の兵法書『孫子』はビジネスの場でも多く引用される)。と書いたが、日本人は(一部の例外を除いて)一般に策略が下手なのだが…。日本でも特定秘密保護法が成立し(この法は悪用すれば国民の活動を制限する悪法にもなり得る)、インテリジェンス活動に本腰を入れたかに見えるが、果たして…。
米国人に対して中国による脅威を具体的に挙げて警告する本であるが、必要以上に不安を煽っている感は否めない。また、米国人が他国民・他民族に対して、どうしようもなく傲慢であること(かつそれを無自覚でいること)を示す記述が随所に見られて鼻につく。これらは、「強くそして正しい(ことになっている)」世界の覇権国・米国の指導者層に近い立場にいた人が書いた本なので、ある程度は仕方の無いことかも知れない。日本人としては、①中国という国家のやり口を知ることができる②中国人の眼鏡を通したアメリカという国家が理解できる、という点で興味深い本ではある。


以下余談:

今、米国大統領選が熱い。共和党ドナルド・トランプが大統領になると、その排外主義的政策により、米国の民主主義は崩れかねない。かと言って、民主党ヒラリー・クリントンが大統領になると、中国は笑うだろう。何しろ、ビル&ヒラリー・クリントン夫妻は多額の中国マネーをバックに戦ってきたのだから(クリントン夫妻はこの他にも金銭に関して後ろ暗い所があるようだ)。クリントンが大統領になると、場合によっては米国政府は中国の言いなり。2人のどちらが大統領になっても日本にとって暮らしにくい世界になりそうだ(どちらが大統領になっても数年以内に米国は戦争をするだろうが、クリントンは中国とは事を荒立てないと思う)。共和党ではテッド・クルーズに頑張ってもらいたいところだが、アフリカ系・ラティーノ(ヒスパニック)系が増えているアメリカでは民主党有利か。ということで、バーニー・サンダース(無所属だが民主党の指名獲得を狙っている)に頑張れ!というところか。サンダースはユダヤ系なので外交面でひと悶着あるかも知れない。

以上、あくまでも余談ですよ、余談。

0 件のコメント:

コメントを投稿