2016年5月15日日曜日

ハワード・シュルツ&ドリー・ジョーンズ・ヤング「スターバックス成功物語」

久しぶりのビジネス書です。


ハワード・シュルツ&ドリー・ジョーンズ・ヤング(著)、小幡照雄&大川修二(訳)「スターバックス成功物語」
<http://www.amazon.co.jp/dp/4822241130/>
単行本: 462ページ
出版社: 日経BP社 (1998/4/23)
言語: 日本語
ISBN-10: 4822241130
ISBN-13: 978-4822241131
発売日: 1998/4/23

[書評] ★★★★☆

1998年発売のビジネス書の定番。長年「積読」で放置している間に、すっかり古典になってしまった(汗)。

筆者シュルツ氏は、スターバックス(STARBUCKS)の会長兼CEO (最高経営責任者)。シアトルのコーヒー豆小売店に過ぎなかった同社を、世界的な規模に成長させた中興の祖。シュルツ氏本人による「すばらしい企業の作り方」のマニュアルとして一世を風靡した本。

労働者階級出身(シュルツ氏の両親は高校も卒業していない)の筆者のサクセス・ストーリーであると同時に、新しいビジネスを始め、企業を成長させ、社会に貢献する存在となる為に、社長/CEOがやるべきことが盛り込まれたビジネス指南書でもある。原書1997年・邦訳1998年発行と20年近く前の本ではあるが、今でも通用する内容が多いと思う。

本書に書かれた、スターバックスを小さなコーヒー豆小売店から世界的企業に導いた基本理念は、概ね以下の通りである:
  1. 会社のミッション・ステートメント(社訓)を定め、全ての社員の行動基準(業務上の判断に迷った時などにも参考にできる指針)として浸透させる。
  2. 1. が形骸化しないような仕組みを作る:スターバックスの場合は、経営者の判断(施策決定)について、ミッション・ステートメントに反していないかどうか一般社員が監視し、必要に応じて経営陣にコメントできる「ミッション・レビュー」制度を導入している。
  3. 会社と従業員の間の信頼関係を築き上げる。約束したことは必ず実行し、従業員を厚遇する。
    • 社員の福利厚生を充実させる。
    • 一般の従業員にもストックオプションを与える。
  4. 起業家は、初心・基本理念を忘れてはならないが、その一方で、起業家→経営者→指導者へと自己改革を続ける必要がある。また、自分よりも優秀な人材を確保し、大幅に権限委譲しないと企業という組織は回らなくなる。権限委譲には恐怖を伴うが、価値観に共感してくれる優秀な人材を見つけなければならない。
本書が書かれたのがスターバックスが「イケイケ」だった時代であり、ストックオプションなどは成長が鈍化した現在は通用しない手法だが(同社の成長は2007年まで、2008年は減収・減益)企業経営の哲学(フィロソフィー)は多くの企業に通用するだろう。ただし、スターバックスはバイト学生であろうと健康保険等の福利厚生が充実しているとのことだが、その反面給与水準が低いことでも知られており(小売・飲食業の中では高い方らしいが)、ある意味本末転倒とも言える。

周知の通り、コーヒーショップとしては、タリーズ(Tully's)やエクセルシオール(EXCELSIOR)等の似た業態の競合社が現れ、市場は飽和傾向。スターバックスは自社店外(スーパー・コンビニ等の一般店)で、ボトル入り飲料や、コーヒー豆の販売を始めた。業容の変更に伴うものだと思われるが、ミッション・ステートメントも本書記載の物から一部書き直されているようだ。色々な市場が成熟した今、筆者・シュルツ氏がスターバックス社の現在・未来について書くとしたら、どのような内容になるだろうか。ちょっと読んでみたい気もする。

◆参考にする際に気をつけたいこと

本書(や関連図書:下記参照)が発行され、日本の企業でも基本理念や価値観を掲げるところが増えたが、私の知る限り、期待したように機能している企業は少ないようだ。それは、第1に、経営者と従業員の間に信頼関係が醸成されていないからだろうし、第2に下(従業員)から上(経営者)を監視し理念に背いた判断を修正する仕組みを作ることが出来なかったからでもあろう。

2000年~05年頃から、朝礼時に全従業員が社是を唱和したり、社訓を社内のあちこちに掲示したりする会社が増えだしたようだ(日本企業の成功例を真似したケースも多いだろう)。が、上から下への「経営理念」「価値観」の一方的な押しつけは、従業員から見てただの失笑の対象となってしまう(たいていの場合、従業員は表向き従っている振りをするが心から受け入れている訳ではない)。このような「形だけの改革」では、経営者と従業員との間で経営理念や価値観を共有・共鳴するなどありえないと心得るべきだ。社員は新入社員の時から理念・価値観を浸透させる必要があるし、その為には中堅以上の社員も同じ理念・価値観を心から信じているようにしなければならない。

企業文化が確立した後で、途中からこれを変えることは非常に難しい。だからこそ、会社創業時に理念・価値観を確立しておくことが非常に重要だ。経営者は、本気で社風を変えたいと願うなら、従業員から経営陣に対するクレームに耳を傾けなければならないし、そのためには経営陣と従業員の間の相互の信頼関係が非常に重要だ(自分たちの為に動いてくれない経営者の言うことなどに従業員は耳を傾けない)。これ無しで変革を実行しようとすると、経営陣は非常に強い逆風にさらされることになる(そして、経営陣がこれに耐えきれない場合、改革は大抵失敗に終わる)。急に企業文化を変えることはできない。じっくり腰をすえて、何年もかけて、会社全体と従業員の意識を良い方向に向け直す必要がある。

…この辺り、書き出すと止まらなくなるので、この辺でやめておきます(笑)。

◆翻訳の質

ソコソコ、としか言いようがない。たまに見られる訳注は非常に良い(米国文化を知らない日本人が本書を理解する助けになる)。が、気になったのは、明らかに誤変換と思われる箇所が所々にあったこと(校正が不充分で、増刷を重ねている版でも修正されていない)。前後関係から判るのだが、たとえば「企業」と「起業」といった同音異義語の誤変換に出会う度に、思考が中断されてしまうのは残念(原文を読むより遥かに効率的なので、あまり強く文句は言えないのだが/笑)

・  ・  ・  ・  ・

【以下参考情報】

◆スターバックス社のミッション・ステートメント(リンク)

◆「偉大な企業」を作る方法に関する参考文献(リスト)

偉大な企業(世界的な企業)を作るアプローチとしては、既存のビジネス書に書かれた内容と共通する部分が多い。
  • トム・ピーターズ&ロバート・H・ウォーターマンJr.『エクセレント・カンパニー』(英治出版、2003/07/26) (Amazon拙書評)
  • ジム・コリンズ&ジェリー・I・ポラス『ビジョナリー・カンパニー』(日経BP社、1995/9/26) (Amazon拙書評)
  • アルフレッド・P・スローンJr.『GMとともに』(ダイヤモンド社、2003/6/6) (Amazon拙書評)

◆異業種の企業理念・経営方針との類似性

顧客に「手の届く贅沢」と「すばらしい体験」を従来になかった形で提供できる偉大な企業を作るという経営方針は、業種は全く異なるが、AppleやGoogleとも共通していて興味深い。もしかしたら、IT系・飲食/小売業以外の企業でも、似たアプローチは有効なのかも知れない。
  • ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズ』(Ⅰ・Ⅱ) (講談社、2011/10/25 & 2011/11/2) (Amazon上巻Amazon下巻拙書評)
  • E・シュミットほか『How Google Works―私たちの働き方とマネジメント』(日本経済新聞出版社、2014/10/9) (Amazon拙書評)
  • スティーブン・レヴィ 『グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ』(阪急コミュニケーションズ、2011/12/16) (Amazon拙書評)

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